Lonely Lonely Lonely
12・水野家の事情



その、5日後だった。
朝、職場へ一番早く、到着したという磯川千穂から、携帯に着信。

「店長、店長、早く、来て下さい。知らない男性が、店長に、やってもらいたいっておっしゃって……」



よほどテンパッているのか、普段はおっとり型の磯川が、一気にまくしたてる。
その勢いはまだ止まらない。


「今日は予約が入っておりますから午前中は無理ですと申し上げたんですが、俺は知り合いだ。とにかく、会わせろと。帰ってくれないんです」



「それで?あなた今、どこから電話してるの?」



「ひ、控え室に来ました!」



「そう、良かったわ。お客様に聞こえてないわね。ところでその方のお名前は、伺った?」



「はい。水野様です。
店長、お心当たり、ありますか?」


「ある、ある」
ありまくり!
でも、どちらか、わからん。



「うん、知り合いだと思うねー、たぶん。

色白で長身?それとも色黒がっちり系?」



「ええと、がっちり系ですねえ」




ひょえ、てことは兄のほうか!?



ちょっと、おどろき~!!人のこと、つっぱねといて
わざわざ店に来るかなあ?意味不明!
だが、ここは大人の対応を。




「じゃあ、お客様には、お茶をお出ししてそのままお待ちいただいて。間もなく着きますから。と伝えてね」


「は―い、
店長……早く来て下さい~」



「そんな泣きそうな声出さない!」




朝から説教って、なんか気分よろしくないわね。


「ああ、
見た目は、ちょっと恐いかもしれないけど大丈夫、いい人だから。しっかり接客しなさいよ。絶対恐がらないで。私の知り合いなんだからね」


「かしこまりました
。あっ、予約の加藤さまもお見えです」


そうこうしているうちに、へ到着。


私は、真っ先に先輩の……ではなく、予約頂いていた加藤さまのもとへ。



「いらっしゃいませ加藤さま、いつもありがとうございます。お待たせいたしました」


「えっ、私も来たばかりよ。あ、このお茶もたった今、頂いたばかりだし」



自らを悠々自適の未亡人、と謳う彼女だが、実はとても淋しい想いを抱えている。



子供は5人もいるのに皆遠くに離れて暮らしているの。一人ぐらい私の側にいてくれてもいいと思わない?



彼女は、以前涙ぐみながらそう語ったことがある。



「ああ、気にしないで、私が早めに来てしまったから、でも美味しいお茶を頂いてしまって、なんだか、トクしちゃったわあ!」



加藤さまはそう言いながら明るい笑顔を浮かべる。
磯川が恐がる先輩のことも、特に気にしない様子で



むしろそれどころか




「こちらの方、あなたに話があって、
ずっと待ってたんですってよ。よろしかったら私よりお先にカットして差し上げて」




そんな、気遣い!
ていうか、いつのまに話をしていたのだろう?




「それはいけません。加藤さまは、先週から御予約を頂いていたのですから……時間通りに」


「かまわないわ。私は、時間に余裕があるから。でも、こちらは……」



加藤さまはそう言って、先輩に微笑みを投げた。



「午後からダチの披露宴に呼ばれてる、だからどうしても今、やってほしいんだ」







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