いつかの君と握手
街中を少し離れると、田んぼがちらほらと見かけられるようになった。
おお、ここらへん、大型商業施設があるはずなのに、田んぼが広がってるー。

思えば、あれっていつできたんだろう。
うーん、覚えてないや。にしても、新鮮な景色だわー。


「ねえ、イノリ。ここの田んぼってさあ、数年したら」


言いかけて、口を噤んだ。

あたしが未来から来てる、なんて下手に言わないほうがいいか。
無駄に怖がらせるかもしれないし、何より未来のイノリについて訊かれたら困る。
大澤姓になってた、なんて言えば、この子の中の希望を壊してしまう。
上手く隠し通せる自信はないんだから、黙っとくほうがいい。


「なに、ミャオ?」

「ううん、なんでもない。田んぼが青々としてて綺麗だねー」

「ん? ああ、ほんとだね。それに、田んぼの横って少しすずしいよね」

「うんうん。何でだろーね」


水があるからなのだろうか。
田んぼから抜けてきた風は心なしかひんやりしているのだ。
今も、苗を揺らした風があたしたちの間をふわりと通り抜けた。
額に滲んだ汗に心地いい、のだが。


「日差しは暴力的に痛くなってきたよな」


愚痴をこぼして、空を仰いだ
太陽は随分高い位置まで昇っており、その紫外線は容赦なくあたしたちに照射されていた。

7月だもんなー。真夏だよな、もう。
Tシャツの袖から出た腕をみたら、ほんのり赤い。
あたしってすぐ赤くなるんだよね。んでもって、夜になるとひりひりすんの。

腕を眺めて、ふうと一息つくと、もう一人分のため息が重なった。
見れば、イノリが手の甲で額の汗を拭っている。


「イノリ、平気? どこか日陰を見つけて休憩にしようか」

「ううん、平気!」


慌てて答える顔は上気していた。
鼻の頭にも汗が溜まっている。

やっぱ休憩したほうがいいな。

ケータイを取り出して時間を確認。
9年も逆行したし、日にちにも多少の誤差があったが、時間だけは元の時代と同じだった。
駅内の大型ビジョンで確認済みなのだ。

12時45分。お昼かあ。
お金のないあたしだが、実は食料はある。
というのも、今日の昼食はお弁当持参のこと、だったのだ。
お菓子もまだあるしね。

休めそうな場所を探して、食事にしよう。


「イノリ、もうお昼だ。もう少し頑張ってくれる? 適当な場所見つけて、食事にしようよ」

「ぼく大丈夫だよ。休憩しなくていいよ!」

「そうじゃなくて、あたしお腹すいちゃったんだ。ダメ?」


お腹に手をあてて、困ったように眉を下げてみせる。
紳士な少年は、少しほっとしたように口元を緩めた。


「ミャオがお腹すいたっていうなら、仕方ないよね。うん、休憩しよう」

「ありがとう」

「ええと、どこかいい場所ないかなあ。うーん」


ぴょんぴょんと跳ねて先を見ようとする姿に、くすりと笑う。

あー、かわいい。かわいいぞ、イノリ!
これが本当にあの大澤になってしまうの?
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