いつかの君と握手
柚葉さんから開放された三津は、床に転がってしくしくと泣きまねを続けていた。


「ちょっと、ほんのちょっとの出来心なのに、あんまりだ……っ」

「出来心で何回浮気すんのよ、アンタ。頭でわかんないから、体で理解させるしかないアタシの苦悩も分かれっつーの」

「うう……」

「柚葉さんみたいな素敵な彼女がいるのに、なんで浮気する気になるんですか?
こんな人とはもう一生縁がないと思いますよ」

「やだ、嬉しー。美弥緒ちゃんったらそんなー」

「いやいや、本当にそう思いますもん。三津にはもったいないくらいだし」

「えー、やっぱりそう思うー?」

「みーちゃん、冷たい……。いつの間にか呼び捨てだし……」


背中を向けたまま、しつこく泣きまねをしている三津。
その様子を黙って見ていたイノリが口を開いた。


「三津さん、柚葉お姉ちゃんのこと好きじゃないの?」

「ううう……へ?」


虚を突かれたのか、三津が間の抜けた声をだした。


「柚葉お姉ちゃんのこと、好きなんじゃないの?」


心底不思議だ、というような真っ直ぐな質問に、三津は体を起こした。
イノリに向けた顔は少し動揺している。



「え、えーとだな、祈。いや、柚葉はええと、その」

「好きだからいっしょにいるんじゃないの?」


子どもの質問というのは、すげい。
三津と柚葉さんの間に微妙な空気を作り出してしまった。


「ええと、大人になるとそういうのは簡単にな」

「父さんは母さんにちゃんと言ってたよ? 
それに、ウソついて他の女の人と遊んだりなんてしなかったもん。
なのになんで三津さんはそんなことするの?」

「ウソ、いやウソじゃなくてだな、ええと、なんつーんだ、こういうの。
親睦、は難しいか、うーん」

「お姉ちゃんのこと、きらいなの?」


おお、核心をついた。すっかり観客になってしまったあたしは、息を飲んで三津の顔を見た。こういう話題が好きな生き物ですみません。


「いや、嫌いとかそんなことは、ない」

「じゃあ好きなの?」

「どうなのー? ヒジリ?」


くすりと柚葉さんが笑う。


「な! 柚葉オマエ便乗すんなよな」

「だってちゃんと聞いたことないし? この機会に確認しとこうかなー、って」

「え!? 言ったことないんですか? 三津、それはないわー」

「ちゃんと口で言うことが大切なんだぞ、って父さん言ってたよー」


3人で三津を取り囲むようにして迫った。
顔を赤らめてあたしたちを見回していた三津は、数分でネをあげた。


「好きです! いつも変な真似してごめんなさい!」


絶叫に近い告白に、拍手がおきた。


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