平成のシンデレラ

「好きと腕前が比例するとは限らないだろ?」
「そういう事は食後に言っていただきましょうか?」
「へぇ、大した自信だな。楽しみだ」
「期待してて!・・・ください。ご主人、様?」



いけない、いけない。自分より若いと思うと
つい気安い言葉使いになってしまう。気をつけよう。




「いや・・・普通に名前で呼んでくれればいい。」




え?笑って・・・る?
その声に視線に楽しげで暖かな色が混じっているように感じたのは
気のせいだろうか。




「南波さま?」
「それもどうかと思わないか?」




ホテルのフロントじゃあるまいし、と彼が苦く笑う。
確かにそれもそうだ。それならば・・・




「優登さま?」
「『さま』はよしてくれ」
「優登くん?」


「は?」




一瞬の瞠目は驚いているのか、それとも・・・?



しまった!と慌ててももう遅い。会社にいた時のクセで
ついつい年下の男性を君付けで呼んでしまう。



でも今は状況が違う。
どこからみてもこの人はエグゼクティブだ。
しかもその前にスーパーとかウルトラとか形容詞がつきそうな。
なのに、たかが一介のハウスキーパーにそんな風に呼ばれて
怒ったのかもしれないと緊張が走る。
でもそのすぐ後にアハハと声を上げて笑う様子から
とりあえず怒らせてしまったのではないみたいだと
ほっと胸を撫で下ろした。


でも・・・やっぱり「くん」はまずいかな。
せめて「さん」だよなぁと思いなおしたところに
自分の耳を疑うような意外な一言に今度は私が驚いてしまった。




「まぁ俺のが5つも年下だからな。それでいい」




へ?!
いやいやいや。良かないでしょう?
戻ってきたムッシュ白川に叱られたりしないかしら?




「でも私は雇われの身ですし・・・」
「いいんだ。君は俺が個人的に雇っているし
ここには南波の家の使用人は誰も居ないから」
「はあ・・・」



というコトは、もう独立しているということか。27歳にして
ポケットマネーで二万円の日給が払えてしまう彼の収入って
いったいどれくらいなのだろう。なんて想像しただけで眩暈がしそうだ。
止めておこう。所詮は住む世界が違うのだ。あれこれ考えても仕方ない。
そうだ。考えるよりやるべき事をしなくては。
とりあえず夕飯を作ってこよう。



「失礼します」と一礼してドアを開けた私に「食事は19時に」と声がかかる。




「かしこまりました」
「君も一緒だ」
「私も?」
「そうだ」
「でも・・・」
「なんだ。俺との食事は不満か?」
「とんでもない!ただ・・・その」




いいのかな。ご主人様とテーブルを一緒にしても?




「白川も東京へ帰ったしな。屋敷にはもう俺と君の二人しか居ないのに
別々に食事をすることはないだろう?」




ん?と柔らかく微笑まれて、私の鼓動がまた一つ
さっきよりも強くどきんと跳ねた。
どうかしている。まだ会って間もない人だというのに
こういう微笑を誰にでも向ける人であって欲しくないと思うのは
どうしてなんだろう。




「それは、まあそうですけども」
「ひとりの食事は味気ないからな。付き合え」
「・・・はい」




それがご主人サマのお望みとあらば従いましょう。
それに確かにこんな大きなお屋敷の広いお部屋で
たった一人で食事をするなんて味気ないというよりも、私だったら寂しい。


失礼します、と一礼し静かにドアを閉めて廊下に出ると
思わず爪先立ちでくるりと一回りしてしまった。
なんだかとても楽しい気分になっているのはどうしてだろう。
こんな気持ちになったのは久しぶりだ。
私は鼻歌を歌いながらスキップでキッチンへと向った。

< 7 / 36 >

この作品をシェア

pagetop