欲張り
 カウンター席には俺と端に座る男の二人だけだ。女は当然のように、どちらかに近寄ることもなく真ん中のイスに腰を落とした。

 店内にピアノとサックスの音楽が流れ始めた。この空間にたまらなく合っている。

 愛し合う男と女、一人で飲む男、絶望を抱いた人間、一人でバーに来なければならなかった理由を胸にしまう女。

 髪の毛で顔はよく見えないが、店に入ってきたときに見た限り、とびきりの美人ではないが、悪い女でもない。年齢は三十代半ばに見えた。

 以前の俺なら声を掛けていたはずだが、今はそんな気力もない。

 俺は視線をグラスに戻した。もう一杯飲もうか。そう思って、俺は可笑しくなった。

 ポケットの中にあるお金を思い出し、飲もうかではなく、飲めるかどうかだということに気が付いた。

 こんなので女に声を掛けても、かっこ悪いだけだ。
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