さよならまた逢う日まで
「お前に拳法を教えてくれた人は、お前を救おうと思って拳法を教えたんだろ?今のお前じゃ、拳法を教えてもらう前と同じじゃねぇの?」

 



やり手の刑事のように、黒ケンの情を刺激するようにまくしたてた。
 
「・・・・その人は・・・死にました。交通事故で呆気なく・・・・即死だったようです。・・・


新聞の記事で知りました。 


修行の途中だったのに・・・僕はまた一人ぼっちになったしまったんです。」


ドッと重い空気が圧し掛かってきた。




交通事故で呆気なく・・・・・俺も一度経験したことがある。



さぞかしそのホームレスは、悔しかっただろう。予告もなしにやってくる宿命。



置いていかれる方よりも、置いていく方がもっと辛い事も、俺は経験済みだった。



だからこそ、甘え腐ったこの男が腹立たしくてしょうがなかった。

 

「お前さぁ・・・全部人のせいにしてんじゃねぇよ。


おっさんがいなくなって、また一人になっただ何だって・・・・



お前が変われなぇのはおっさんのせいなのかよ。


飼い主の指示がないと何にもできない犬なのか?


修行の途中だろうがなんだろうが、そのおっさんから何か学んだんだろ?    

お前をいじめる奴らに使う拳法は暴力なんかじゃねぇよ。

どんな時に使うべきかってことだって学んでんじゃねぇのか?



お前はその拳法で、自分自身の存在価値を主張するんだよ。



『お前らなんかに支配されるつもりはねぇ』って。
 

もう十分お前は自分を守れるんじゃねえのか?
 

自分が変わらなきゃ、何にも変わんねぇよ。
 


力以上のものを、学んでいるはずだろ?」



真昼の太陽が真上から照りつけ、暑さから余計にテンションが上がっていた。



蝉の騒音のような鳴き声が地上の方から騒がしく聞こえてきた。



「なんか・・・・さっきから啓太深くねぇ?
 

昨日とは別人だろ?」

 

いい感じのところをだいたい桜井がぶち壊す。
 



そう・・・俺は確かに昨日とは違う。

 




能天気に惰性で生きていたら・・・・二度も自分の人生を後悔してしまう。
 



だからこそ、この甘えた、悲劇の主人公に浸っている男が歯がゆくてしょうがなかった。



こんなもったいない人生を送るんだったら、代わりに譲って欲しかった。
 




いや・・・俺自身が死ぬ前はもったいない人生を送っていたのかもしれない。
 




問題は自分自身が一番分っているのに、何も変えようとしない。黒ケンに自分が重なっていたのだ。

 

一度死んだからこそ、自分自身を変えたかった。
 



「存在価値・・・・。」
 



黒ケンはその言葉を復唱した。

 



プールの方から水しぶきと、順番を告げるホイッスルの音が反響しながら聞こえてきた。

 


「行くべ!」

 


午後の授業の終わりのチャイムが鳴り、ガブリエルが立ち上がった。 
 


黒ケンは正座のままその場から動かなかった。




動物の世界は弱肉強食。

 
弱い物が強いものに食われる。生きるか死ぬかいつも隣り合わせ。
          
 

人間だって同じだ。

 

自分の身は自分で守らなければ

 


黒ケンを残し屋上のドアが重たい音と共に閉ざされた。

 




俺に残された時間が半日過ぎようとしていた。
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