さよならまた逢う日まで
大半を売り切り空になったパンケースは、ワゴン車がないので片づけられず、戻ってくるかわからないおばちゃんを持つことにした。

 

桜井は、バイトの時間だからと途中帰って、ガブリエルと二人きりになった。

 

「変だよな。」

 
空のてっぺんは、夜の淡いブルーへとグラデーションのように色を変え始め、部活を終えたグランドは、静かに奥行きを増し広がった。

 
ガブリエルは背もたれに座り、俺はその下に黙って並んで座った。

 
「人のことなんて心配している場合じゃないよな。


人に説教たれてる自分はどうなんだよな・・・・。」

 
ギギッ!ねぼけた蝉が、グランドを照らす照明から飛び立った。

 

「それがお前のやり直した人生じゃねぇの。


今までみたいに気持ちを誤魔化したりしたくねぇんだろ。


思った通りにやりゃあいいんじゃねーの。」
 

背もたれからずり落ちたガブリエルはそのまま立ち上がり、グイ~ンと伸びをした。

 
「いいじゃん。思った通りに生きれば。」

 
「生きる・・・」




そうか・・・・俺はやり直した人生を生き直してるんだ・・・・。

 

微かにエンジンの音が近づいてきた。
 


ライトの光がグランドの遠くの方まで伸び、おばちゃんのワゴン車が走ってきた。

 

ベンチの近くまで来て止まった。

 

ドアから転がるように下りてきたおばちゃんの目は、泣きはらして腫れぼったかった。

 

「ごめんね~こんな遅くなって。ありがとね~。ごめんね~。」
 

おばちゃんは、ありがとう、ごめんねを何度も繰り返した。

 

「啓ちゃん。ありがとう。

あの子ね・・・『生んでくれてありがとう』って・・・


今とっても幸せだって。


私に、ありがとうって・・・。


何もしてやれなかった私にありがとうって・・・・。」

 

おばちゃんは子どものように涙を腕で拭って泣き崩れた。

 

人はみんな、伝えられずしまい込んだ「思い」を持っている。


心の奥底に押し込んで、無理やり蓋をしてしまい閉じ込めてしまった「思い」が。



どれだけの「思い」を生きている間人に伝えることができるのだろうか。
 

 
俺の残された時間の中、どれだけ伝えていけるのだろう。

 

藍色に染まった空とともに星が瞬き始めていた。
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