さよならまた逢う日まで
「あら、啓ちゃんこの間はありがとうね。」


相変わらずゼンマイ仕掛けのおもちゃのようだ。


「あのさおばちゃんに聞きたいことがあって。」


「なに?なんでも聞いて。」


「親父のことなんだけどさ…。」


思いもよらない質問におばちゃんの手が止まった。


「啓ちゃんのお父さんのこと?」


昼に売り出すパンを並べながら手を休めることなくおばちゃんは言った。


「俺…就職するのにここ出ていこうと思ってさ…母ちゃん一人になるから。」


「だからって出ていったお父さんの行方を知りたいっていうの?ここを出るったって1年に何回かは帰ってこれるんでしょ?」


そういっておばちゃんは笑った。


そうだよな。普通なら就職して出ていくことなんて、そう特別なことじゃない。


いつも当たり前に過ごしていた場所から離れ独り立ちする。寂しいけどそうあるべきこと。


親ならそれを喜ばしいと思うこと。


母ちゃんもきっと、数日寂しい思いするだろうけど俺をきっと見送ってくれる。


でもそんな別れにはならない。


もう今回みたいには帰ってこれない。


夕闇の中泣いている母ちゃんを思いだしたら胸が苦しくなった。


「母ちゃんが一人になるってのもそうなんだけどさ、ぼんやりしか覚えてない親父ってのが最近気になってさ…俺ら置いてったひでぇ奴なんだろうけど、本当にひでぇ奴だったなのかなって」


パンを並べ終えたおばちゃんは折り畳み椅子に座り黙って俺の話を聞いていた。


「女で一つで育てた母ちゃんにとって、親父に会いたいと思うことって裏切りなのかな…。」


何も言わないおばちゃんに不安になってきた。






< 54 / 73 >

この作品をシェア

pagetop