理想恋愛屋

1.萌先生の依頼

 人は、財力や家柄……ましてや、容姿や格好ではない。

けれど、比較しなければならないときには、時に必要なものなのかもしれない。


 とまあ、こんなオレにはコレといって持っているものは少ないのだけど……。

小さからずも、この『場所』は財産だと思う。




 そんなことを考えつつ、オレを呼び出す電子音に嬉々として対応していた。



「おめでとうございます。私としても吉報を頂けて大変嬉しいです」

 泣き喚いていた蝉もようやく土に還り、暑さが落ち着く頃、事務所には喜ばしい話が増える。

 この秋という季節は、朗報が舞い込んでくるシーズンだ。
多忙極める年末年始や新たな出会いや門出で賑わう春先、そしてけだるい夏でもない。

オレとしてもようやく“実り”が得られる時期なのだ。


 電話を切ると、嬉々として目の前に光るパソコンを見つめた。

画面に顧客リストを広げ、先ほど連絡をもらった日取りを打ち込み、更に紹介予定の欄からチェックを外す。


「また、成立っと……」

 椅子の背もたれに体重をかけて、なんとなく頬がほころんだ。

毎度騒がしい事務所だけども、そんな中仕事はしている。
そうじゃないと食っていけないからな。


 ふう、と息をはくと、なんだかんだいって居座ってしまった銀色の冷蔵庫から、冷たいお茶を取り出しコップに注ぐ。

ここにきてからまだ一年も経っていないのに、ずいぶんと存在感を放つコイツとは、すっかり打ち解けている。

腰に手をかけて、ゴクリと一気に飲み込むと、またもや電話のなりそうな気配を感じた時だった。


「こんにちはー」

 控えめに開かれた扉。

その声色で、顔を上げずにもわかるようになっていた。

ここにもまた“実り”でもある来客。


「いらっしゃい、萌」

 オレもずいぶん、慣れたものだ。


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