恋人達の時間

その彼の手が助手席のドアを開け
素振りだけで促されるままに
私はシートへと収まる。



フロントガラス越しに彼が反対側へ回るのを
見つめているうちに私は冷静さを取り戻した。



こんな場所でなんて事をしたんだろう。
恥ずかしくて顔を上げていられない。
彼は…呆れてる?それとも怒ってる?



どうしよう…。



ドライバーズシートに滑り込みドアを閉めた彼は
腕を組み大きなため息をついて瞳を伏せた。



やっぱり怒ってる。




「…ごめんなさい」
「食事をする気分じゃなくなった」



いつもより重く低い彼の声に
私は凍りついたように何も言えなくなってしまう。
ポケットから携帯を取り出して
予約のキャンセルを伝える彼。
何度も繰り返される申し訳ないの言葉に
無理をして入れた予約なんだと想像がつく。


そして彼は携帯を切ると
何も言わずにエンジンをかけた。



「ねえ・・・」


そんなに怒る事なの?


「ねぇってば」


そんなにいけない事だったの?



彼を伺う私の視線に
ふぅと小さく息をついた彼の視線が重なった。



「無理して入れた予約だったんだ」
「わかってる。
 でも何もキャンセルしなくったって・・・」
「あんな事をするお前が悪い」


シフトレバーに置かれていた彼の右手が
私の左手を掴んで手の甲にキスをした。
そのまま手を引かれて貴方へと傾いた私の耳元に
「今すぐお前を抱きたくなった」と
囁いた言葉のピリオドはキス。
背筋を駆け上がってくる甘い予感に眩暈がしそうだ。



私より貴方の方がよっぽど・・・




思いがけない貴方との時間はまだ始まったばかり。





fin.
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