雨降る中で
知恵の目は俯きがちに泳いでいる。



「うん、久し振りだね。松本君は元気だった…?」



知恵に松本君なんて呼ばれた事今まで無かった。



久し振りに呼ばれた名前が嬉しい筈なのに冷たく遠く距離を感じた。



「う…うん」


俺は、そこから会話する事が出来ず2人沈黙のまま資料を運び終えた。


「じゃ、ありがとう」


足早に出て行こうとする知恵の手首を俺は思わず掴んでいた。


「待って…」


知恵はビクッと震えながら掴まれた手首を見ている。


「な、なに?」


「あっ、ゴメン」


戸惑う知恵に俺は手を緩めた。


「あのさ、あの時…」


「ごめんね、あの時の事は忘れて。

これからは只のクラスメイトだから。私に気使わなくていいから」



俺の言葉を遮り早口で言う知恵の声は少し震えていた。


そのまま俺の手を振り払い走って視聴覚室を出て行った。


謝るのは俺の方なのに…


自分の不甲斐なさでいっぱいになる。


知恵手を掴んだ感覚だけが手のひらに残る。




次の授業、知恵の姿は無かった。




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