NY恋物語

「ああ、そうだ。
これ、お返しいたします。
ありがとうございました」

「え?ああ、読み終わりましたか?」

「いいえ。残念ですがまだあと少し」

「それなら、差し上げましょう」

「いいえいいえ。そんな!」

「推理モノだけに
最後の謎解きが気になるでしょう?」

「でも」

「構いませんよ。
どうせ俺は読み終えましたし。
遠慮はいりません。
ああ、それとも荷物になってしまいますか?」

「そんなことは…」

「なら、ぜひ。そうだな…
あぁ!サンタからの
クリスマスプレゼントだと思って!
今日はクリスマスだし。
それなら気兼ねも遠慮もしないで
済むでしょう?」


ね? と微笑まれて
頑なに断るのも何だか無粋な気がして
ありがたくそのご好意を
いただいておくことにした。


「ありがとうございます」

「いえいえ。
たいしたプレゼントじゃないですから」


文庫本なんて安いですしね、と
また笑いながら頭を掻いた。


それにしても
なんて爽やかな人なんだろう。
おまけに 改めて見ると
かなりの美青年だ。
こんなに長時間隣にいて
気づかなかったのは
まじまじと不躾に
見つめるわけではないから、だけど
それにしても あまりにも迂闊で
もったいない事をした、と思わなくも無い。


だけどそれも仕方ない。


8ヵ月ぶりに会える恋人のことで
頭も胸もいっぱいで
余所見する余裕なんて
少しもなかったのだから。


その彼、恋人の瀬名秀明は
プロのテニスプレーヤーで
二年前からNYを拠点として
海外を転戦している。


今回の渡米はその彼と会うためだった。


一年のうち、3分の2は
ツアーに出ている彼の貴重で短い休暇を
二人でどう甘やかに過ごそうか・・・
そんな事ばかり考えていて
隣席の美青年には脇目もふらなかった
一途で貞淑な恋人ぶりを褒めてよね、と
彼にに言いたいところだけれど
そんな事を言えば
やぶ蛇になりかねない。
ああ見えて結構ヤキモチ妬きな秀明は
これ以降のフライトは
隣が女性の席を取れ、なんて
面倒なことを言い出しかねない。


でもどうせなら
もう少しこの彼と
話をしておくのだったと
後悔したところで
ベルト着用のサインが点灯した。


ケネディ国際空港は晴天、との
アナウンスに『ほらね!?』と
隣の美青年が親指を立てて
片目を瞑った。


もし今、愛しい恋人に
会いに行くのでなかったら…
胸がきゅん、と
音を立てていたことだろう。
突然の恋に落ちてもおかしくない
シチュエーションだと頬が弛んだ。


そのくらい
彼の仕草も表情も魅力的だった。


私が微笑んで頷くと
彼は満足げに微笑んで
高度を下げる機体の窓から
差し込む眩しい光に目を細めた。

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