全てを失った二人の物語


数秒の沈黙の後、トニーはしぶしぶ剣をどけた。

シリウスは立ち上がって服のしわを伸ばす。

鉄格子に寄りかかり、牢屋の外にいるトニーに見せびらかすようにまりの髪に触れる。


「その汚らしい手で、まりに触れるんじゃない」

先程突っ込まれた事もあって、見て見ぬふりをするのかと思えば、
見過ごすことはしなかった。


「オレの手は汚らわしくはないね、

まあ、オレに流れるこの血は汚らわしいと言えなくもないが」

ふと自嘲するような顔をしたかと思えば、直ぐにそれは元通りになる。

「シリウス?…トニー、大丈夫だよ。

格子があるから別に触られないもの。

髪ぐらいなんでもないわ」


「キスに比べれば、か。」

そうやって小さくつぶやくと、トニーは

「もう時間だ。私は上に行く。

…必ず助けるから安心しろ」

まり達に背を向けて地上へと向かった。


「トニー?どうして?」

どうしてそんな悲しい顔をするの?


どうして、こんなに胸が痛くなるの。

それはきっと、きっと。

自分が愛を焦がれて焦がれていた時の表情に似ていたからかもしれない。

「……まり、

………まり」

シリウスの優しい声がする。



「……大丈夫、シリウス。

あたしは、大丈夫………」



“大丈夫”、そう言ったのに、あたしは涙を流していた。

ボロボロと、音もなく。

まるで機械的に。

「………」

嗚咽も出ない。
なんでだろう、なんで?

「…、我慢するなよ、

泣きたかったら、泣けばいい。

まり」


また聞こえる
シリウスの優しい、優しい声。


止めてよ、今聞いても苦しい。

苦しい。


思い出したくないの。
過去なんて、過去の自分なんて。

消し去りたいの。


「――………ッ!!

……シリウスっ!!」


こんな時、
過去を思い出した時は、
誰かに頼りたくなる。
甘えたくなる。


あたしの名前を呼んでくれる人がいると、甘えたくなる。
特にこういう時は。


もう、
イヤだよ。

……そういえば、トニーはどうしてあんな、悲しい、切ないような顔をしたんだろう。

どうして?


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