インターバル
奇妙な奇妙な森の中

昔懐かしここは何処



【あの頃は楽しかった】

仕事で失敗し、上司に怒られ、挫折する度にその事ばかり頭に思い浮かぶ。

私の中の【あの頃】は学生時代のことであって、つまり高卒で就職した私にとって最終学歴である高校のことだ。


今の職場に不満があるわけではない、いや、あるといえばあるのだがどれもこれも小さなこと。

任された仕事だけを残業にならないように1つずつ片付けていく。
17時には帰れるし、給料だって特別多いわけではないが、別に少くもない。


要するに普通なのだが、同じように就職した高校時代の友達よりはほんのちょっと多いらしい。


この前飲みに行ったとき、そんな話をした。


まだ若い(と思いたい)21歳の女数人が集まって飲み会……いわゆる女子会で、“恋ばな”が出ることは一度もなかった。


基本的に仕事の話……腰が痛いだの肩がこるだのといった体調の話から、上司が理不尽だの、セクハラだの、ハゲだのという21歳とは思えない会話内容ばかり。


ちょっとはあの上司がカッコいいとか同期が面白いやつだとか出ないものかと思ったが、自分も無いため定番である恋ばなをすることなく女子会は終わりを告げた。


ただ少しだけ、高校時代に戻った気がして楽しかったのは事実である。


まあ、なぜそんな前のことばかりと思うかも知れないが、楽しかったときを思い出すと言うことは仕事で失敗したということであって、ヒトリ寂しく居酒屋で現実逃避していた……ということを言いたいためである。


そして楽しかった頃を思い出すということは、気分も落ち込み、困り果てた状況といえる。


つまり問題は、なぜ私は今山の中にいるのかということだ。




私は今どこに在るのと踏みしめた足跡を何度も見つめ返す……そんな歌詞の入った歌をいきものがかりが歌っていた気がする。

今の私の状況は見つめ返す足跡もないが、とりあえず帰らなくてはと獣道を歩く。


良かった、今日ズボンで仕事行って……いやでも、このズボン見ると今日のこと思い出しそう……捨てようか… …… なんて思いながら歩くこと(多分)数分。


今まで木の間、草の分け目を歩いて来たが、少し開けたところにたどり着いた。だがそこには先客がいた。


『……キツネ?』


うん、動物園でみたことある。かなり前に。逃げるかな……と思いながらも近づく……が、ゆっくりこちらを向くキツネ。目がトロンとして動こうとしない。

よく見てみると罠らしきものに足を挟まれ血が出ている。正確には出て“いた”のか、血が黒くなって固まっている。


罠にかかってしまったのは、昨日今日の話ではないらしい。


『いま外すからね』


誰がかけた罠か知らないが、知らん顔は出来ないためとりあえず外す。するとまた足に血がにじみ始めた。


運よく持っていたバックの中からハンカチを取り出す。あ、これお気に入りのやつ……。


……仕方ない、お気に入りだが、どうせ100均で買ったやつだ。

キツネの足に結び、抱きかかえる。この山から出ることができたら動物病院に連れて行ってあげよう。

ケガが治れば、山に帰してあげればいい。


弱ってしまっておとなしくなっているキツネを撫でながら、再び獣道を歩く。時折顔をのぞきこむと、うるうるとした目が見える。……かわいい。


どれくらい歩いたのだろう。キツネを抱える腕もだいぶ疲れてきた頃、やっと山を出ることができた。うん、山は出た。


『神社……?』


「人間……?」


『……と、ヒト?』


腕の中でも、キツネがモゾモゾと動いた。


これが私の、非日常の始まり。


120929〜
< 1 / 5 >

この作品をシェア

pagetop