一夜一緒にいれば、奪えるのに
 隆夫は一度立ち上がると、ローボードの上のタバコを手に取り、何の断りもなく火をつけてまたソファに掛け直した。

 思い出したように、テーブルの上の灰皿を引き寄せる。

「乗らせる」

 隆夫はタバコを吸いながら、目を細めてこちらをじっと見た。

「まあ、先に俺に言ってみ? どんな方法か。経験豊富な俺が品定めしてやるよ、そのプランを」

 そう言われると、恥ずかしくて、ちょっと尻込みしてしまう。

「隆さんには、ここに呼び出してほしい。それで、野瀬さんを置いて、出て行ってほしい」

「なんだ。王道じゃん」

 隆夫は余裕気に、煙を私とは反対方向へ吹き飛ばした。

「で、そこで……」

 私が言いだそうとすると、隆夫はその上からかぶってきた。

「で、そこで、私登場。そして、押し倒す。うん、無理だね。かなり」

「まだ私、何も言ってないじゃん!」

「だってそれくらしいかないだろ? 実際」

 隆夫は涼しい顔でこちらを見ながら、灰を落とす。

「……ないけど……」

 まあ、そういうプランだったことを明かす。

「うーん、まあ、そうなって、なんかお前が色々お茶とか世話焼きはじめたら、ヤバいと思って逃げるわな、確実に」

「……」

 心にずしんと来る。

「で、電話に出ない俺。けどまあ、お前1人ここへ置いとくのなんか別にどうだっていいけど、でも俺のことを放っておくわけにいかないから車で待ってる、とかになるわな」

「…………」

「あのね、これが現実。これと今の会社を天秤にかけてるのが間違い!」

 隆夫はうまく言い切れたことに満足したのか、笑顔でタバコを吸い切る。

「私、けど、ほんとに……」

 隆夫の前でこんな真剣な顔をしたのは、これが初めてだった。

「ええー、マジー!? ……一体いつから好きだったわけ?」

「……入社してから……」

「5年も!? その間彼氏は? いないって言ってたのほんと?」

「うん……」

「あそう……。あそう……、せめて、今の彼女と知り合ってない時ならなあ……。早く相談してくれればいいのに」

「だって知り合いだって知らなかったし!」

「それで今の会社とかけてるのか……。で、辞めてどうする気? 無理矢理するんなら、ほんとに辞める覚悟だぞ? 相手がお前を選ぶことはない。俺はあいつはそういう奴じゃないと思う。けどそこを無理矢理なんとかするっていうんなら、辞める覚悟でした方がいい」

「辞めて……」

 そう言われると、怖さと不安と悲しさでいっぱいになる。

「けどそのままちんたら好きを引きずるよりもいいってゆんなら……。まあ、バイトで雇ってやらないこともないけど?」

「え…………」 

 思いもよらない言葉に、隆夫を見つめた。

「自給900円。はっきり言って。今の会社にいて、新しい結婚相手探す方が確実にいいと思う」

「そんなの、どうだっていい」

 私は、まっすぐ隆夫を見据える。

「マジかあ……」

 隆夫は、どさりとソファに背中を落とし、腕を組む。

「うーん、無理矢理、ねえ……。一晩ここにいさせることはできるかもしれない。けど、実際一緒にいて、なんかできる度胸とか、自信とか、テクニックとかあるの?」

 横目でじろりと見られた。そう聞かれると、その全てがない気がしてくる。

「…………」

「酔い潰しておくから、介抱するとか、そういうのだったら軽くできるかな。……そこで無理矢理跨ってもなあ……。

あいつ酒強いから、介抱するまで酔わせると使い物にならなくなるよ。だからちょっとさわるだけでいいとか、その程度にしたら? 

それとも、最後までやらないと気が済まないわけ?」

 涼しい顔で聞かれても、真顔で答えられるわけがない。

「……なんか、デリカシーないよね……」

 平たい目をして、そっぽを向いた。

「お前のこと本気で考えてやってんだろ!? 

 んで、やるの? やらないの? その最終目的によって、変わってくるだろ!」

 そう言われればそうかもしれない。隆夫の怒声を聞いて、私はもう一度、自分自身を見つめ直した。

「やる」
 
「なんか、デリカシーないよねー」

 隆夫は声マネをしながら、同じセリフを繰り返してくるがそれを完全に無視して続けた。

「してみたい」

「したって同じだぞ。しかも相手がお前を良くしてやろうとは思ってないから、下手すりゃ俺よりよくないよ」

 そんな想像要りません。

「…………」

「まあ、お前ができればそれでいいってゆんならいいけど……」

 隆夫はもう一本タバコを出しながら、独り言のように呟く。

「たった一回のそれと、人生を賭けるなんて。

人生甘く見過ぎなんだよ」


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