シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
男は笑う。
儚げに微笑む玲とはまた違う、こちらに嫌悪感を与える笑みを。
くつくつ、くつくつ…笑い続ける。
悪意は声音に乗せられ、場の空気を震わせ増幅していく。
それはまるで久遠の言霊とは正反対の邪悪さ。
言霊の根源は…邪なる狂気。
それはいつか、玲の心の奥底で出会った、俺に憎悪を向けていたあの"玲"に繋がるところがある。
あの時の狂気に満ちた玲を思い出せば、普段の玲が恐れる狂気を注ぎ込んだのは、母親だけではなく…父親もだというのか。
狂気に囚われた息子を、今度は道具にして何をしようと?
ただ――。
「少なくとも、俺が紫堂本家に戻った時から、俺は玲に誰も手出しさせていないはずだ。ティアラ計画の根幹にあるのが、玲の膨大な実験データに基づくものだとするのなら、ティアラ計画が動き始めた…違うな、必要になった時期は自ずと限られる」
そう、時期が釈然としない。
10年前の俺がしたことが決定打となり、玲を利用しようとしたのだとしたら、そこから俺が紫堂に戻る8年前…つまりそこから前の2年の間に、早々に玲は実験されているのが道理。
即ち、久涅と玲が次期当主となっているその時期だ。
今なお語り草になっている、久涅の次期当主としての悪評ぶり。
だからこそ、玲に奪われたその肩書き。
しかし、久遠の記憶しているその姿と、この男の語る久涅の状況から、"極悪非道"というような要素は見受けられない。
それは単純に、親父サイドあたりから、久涅の肩書きを廃する為の口実にしか過ぎないような気がする。
何故そもそも、肩書きを与えたのか、それは判らないけれど。
真実どんな姿であれ、もしもそのあたりの時期に、久涅を助ける為に玲が必要であったというのなら。
その時まだ表世界にいた可能性の方が高い…この男は、どうやって玲を実験していたのだろう。
玲は被検体にされた記憶はあるのだろうか。