シンデレラに玻璃の星冠をⅢ


「生かされたことは恵まれていると思う。貴方も諦めないで。今生きているということを大切にして」


美咲さんは嗚咽を繰り返しながら、芹霞を見上げている。

もうその顔は涙と鼻水と嘔吐物でぐちゃぐちゃで。

身繕いばかりしていた美咲さんとは思えないほどで。


「生きていることに感謝しよう。生きていれば必ず、道はあるはずだから。やり直しはきく!!」


どんな姿をさらしても、芹霞の言葉に……芹霞という存在にすがろうとしているのが見えた。

それくらいの闇を、彼女は抱えてきたんだということを、僕は今思い知った。


「やり直しの前に、まず顔を拭いて」

「き、気持ち悪くないの…?」

「手で触るのくらい大丈夫。だってあたしは、蛆を口から出す煌に深いちゅ……はっ!!!」

………。


芹霞が怯えたような顔で僕を見た。


「ん? 深いちゅ?」


笑顔で。

とかく笑顔で聞き返したけれど、何でもないと青い顔をした芹霞は、ポケットからハンカチを取りだして、その顔を拭いて上げていた。

そして美咲さんに対して、柔らかい…聖母みたいな笑みを浮かべたから、僕はそれ以上は追及できなかった。


今は。



………。

僕は本当に自分のことばかりだ。



――玲くんの子供を宿せないから、アレを直接開腹して入れられて。



美咲さんが僕のせいで犠牲になったというのなら、僕は真っ先に彼女に声をかけるべきだったのではないか。

一人で恐怖し続けてきたはずの彼女に。

何を他人事のように…。


「美咲さん……僕の為にすみませんでした」


謝ってすむ問題でもないけれど、悪夢に引き摺り込んでしまったのは、僕の責任でもあるんだ。

それだけではない。

どんな過去があるにしても、それに囚われて現実が見えなくなってしまっている方がよっぽど問題だ。


今、苦しんでいるのは――誰?

悲劇の主役は僕だけなんだと、この状況を見過ごすことが出来るのなら、僕は人として終わっている。


すると美咲さんは、驚いた顔を僕に向けた。

意外過ぎる言葉だったんだろう。


「そんな!! 自業自得の私に、玲が謝ることは……」

「そう思ってしまったら、最強で最愛の人に怒られます」


微笑んで芹霞を見ると、芹霞はきょろきょろと周りを見渡して。


「??? 誰のこと?」

「神崎のことだよ、このアンポンタン!!」


………。


「蛆を克服した前例があります。希望を失わないで」


なんだかね、芹霞と居ると…性善説を信じたくなる。

僕は芹霞みたいに心は広くはないけれど、それでも偏狭な心にはなりたくないって強く思う。


人間として、心がある生き物として。


それだけは忘れてはいけないと、そう思うんだ。

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