シンデレラに玻璃の星冠をⅢ


「馬鹿な、紫茉……あの体で飛び出してきたのか!!?」


取り乱した周涅と、


「朱貴は…なにをしている!!」


久涅の怒鳴った言葉が気にはなったけれど。



「ニャンコ、葉山!!」

「玲くん、美咲さん担いで、こっち!!!」


私達は、凄まじい速度と力を見せた……芹霞さんと遠坂由香に引き摺られるようにして、かつて周涅に術をかけられ、七瀬紫茉がいるといわれた部屋が見えていた方向に向かって、逃走したんだ。


周涅と久涅が動揺していたとはいえ、あっさりと。

私達との戦いがなんだと思うくらい、あっさりと。


追いかけてもこない。


諦めたのか?

動揺し過ぎたのか?


それとも、こちらの方向には"なにか"あるのか?


……気にはなったけれど、今は撒けたことに、素直に喜ぶとしよう。あまりにも女ふたりの笑顔が輝かしいから。


「やったね作戦成功!! 由香ちゃんの邪気眼パワー伝わったよ!! 凄くない? あたし達、同時に紫茉ちゃんのこと叫べるなんて!!」

「むふふふふ~。ボクでびゅーしちゃったもんね~」



……成長しているのは、彼女達も同じか。

なにも持たない素人だからこそ、危険を察知した本能に突き動かされて、知恵も潜在能力も強まるのだろう。


私は玲様と微笑み合うと肩を竦めた。



櫂様の記憶を取り戻した芹霞さんは、いつものままで。

その顔で三善美咲を救うのは忘れなかった。


玲様は自分の恋人だと、彼女に嫉妬していた芹霞さん。

今、玲様に心に抱く想いは……直前と全く同じものなのか。


少し憂えた玲様の表情も、きっと同じことを思っているに違いない。


恐らくこれから、何かが変わるだろうと。



記憶の再生だけが、"変化"の前兆ではない。

実際、玲様が芹霞さんを突き放そうとしても、櫂様に恋愛感情を抱いていたことを口にしても、芹霞さんに変化はなかった。


もう、暗示をかけた玲様の範疇を超えてしまったのだ。


この先、意識的に否定し続ける芹霞さんの恋愛感情を、潜在意識下から揺り動かせるものがあるのだとすれば、

それは恐らく……櫂様だけだ。


12年の密な思い出が蘇ればこそ、今度こそ櫂様の言葉は、芹霞さんの頑なな心を崩すものとなりえる。


しかしそれでもうまくいかねば――

芹霞さんが櫂様を愛した事実だけが……闇に消え去る。


ただその"変化"だけに、事実は歪められて終わりになる。

真実だったはずの感情は、即席で生じたすり替えの感情に至らず、彼女にとって恋愛感情を抱いたのは玲様だけという事実だけが残ることになる。それだけが真実の愛となる。


恋愛とはそうした奇がまかり通るものかどうかはわからない。



思い出ごと全否定されるのと、

恋愛感情だけ否定されるのと、


どちらが辛いかなど私は想像も出来ないけれど。


櫂様にとって、一難去って一難…という状況には変わらない。

苦難は切れ目なく回り続ける。


輪のように。



玲様は――

どうするつもりなんだろう?



私は、翳った顔で芹霞さんをみつめる玲様の様子が、心配になった。




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