カプチーノ·カシス


なのにどうしてあたしは、ここへ来てしまったんだろう。

自分で自分が、わからなかった。

それでも暗い店内で、間接照明に照らされたいつもの背中が視界に入ると……あたしの目には、何故か安堵の涙が浮かんだ。



「――カンパリオレンジ」



あたしが注文すると、今日も彼は静かに笑う。


「今日は随分、弱気じゃねぇか」

「……ほっといて」

「ほっといて欲しいならなんでここへ来た?」


その的を得た質問に、あたしは何も、言い返せなかった。

でもきっと、コイツは言わなくてもわかっているんだろう。


しばらく沈黙が続いて、その隙間を埋めるように流れるジャズピアノの音だけが、軽やかに踊ってた。


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