魅惑のくちびる

「んー? 飯は、後でいいよ。それより、ちょっと座って。」


わっ、やっぱり来た。


座れと命令されただけなのに、ドキン!という胸の高鳴りがしたのは、小さな頃にお母さんに叱られる時のような緊張感が、全身を駆けめぐったからだ。


あのこと、やっぱりもう知ってるんだ。


お小言にちょっと我慢するだけで済むってば。

あたしを思ってのことなんだから――。


心の中のわたしが何度もなだめてくれている。

えいっ、と覚悟を決めると、雅城の隣に座った。


「なんか今日、あまりよろしくない噂聞いたんだけど、どうなの?」


雅城がリモコンをテレビに向けると、それまで笑いに包まれていた部屋が嘘のように静かになった。


「噂って……。わたしだって、何がなんだかって感じで、困ってるんだよ?」

雅城の目は、至って真剣だ。

「そもそも、キスしたい人ってアンケート、なんなんだよ! 誰だ、そんなの発案したやつ。」

広瀬くん、だなんて言えない。

明日から広瀬くんは、今以上に肩身が狭くなっちゃうのはかわいそうだもの。

< 23 / 240 >

この作品をシェア

pagetop