Only You
「あの頃が逆に懐かしいとさえ思うようになったわ」

 天海さんが営業途中でそんな事を言って、軽く笑う。
 まだ独身のようだけど、彼女は誰か心に決めた人がいるんだろうか。
 僕と一緒にいるのもさほど抵抗は無いようで、普通に営業仲間として接してくれている。
 
「僕はあの頃会社に入りたてで、あなたの仕事ぶりには本当に驚かされましたよ」
「可愛いかったわよ、笹嶋くん。当時は綾くんって呼べてたのにね……本当にあなたと離れてしまったのは残念だったわ」

 天海さんが心残りがあるような話をしたのはこれが最初だった。
 毎日同じ空間で仕事をしていると、特に理由はないのに何故か仲間意識というか……そういうパートナーへの特別な意識が生まれてしまうのは自然な事だと思う。
 ただ、僕はこういう部分ではかなりシビアな人間で、全く天海さんを仕事の関係以上には見る事ができない。
 頭の中は琴美への思いでいっぱいだし、本当は「仙台に長くいるようなら東京でもう一度別の仕事を探さないか」と言いたくなる。
 
 こんなのエルのセリフじゃない。

 分かっているけど、琴美と過ごす時間が確実に減っている今、僕が言葉にしてしまいそうになるのはこんなセリフばかりだ。
 琴美にがっかりされたくない、頑張っている彼女を応援できないでどうする……そう思って、本心をひた隠しにしている。
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