Let's study!!
14歳

Memory

とうとう、菜津希に彼氏ができたのは、由澄季と瑞樹が14歳の時だ。



「明日も朝練があるんだよ、起こしてくれる?」

情けない声で、瑞樹が由澄季にそう言うので、由澄季は苦笑いをした。

「本当に、朝が弱いよね、瑞樹は。どっちにしても、私は朝早く起きたいから、いいよ。明日も起こしに行く」

「んじゃ、由澄季は早く寝てよ」

「んー、それができればいいんだけどさ。やっぱり1時間くらいはこのまま我慢しないと眠れないみたい」

ベッドでしっかり布団の中に入りながらも、由澄季の意識はまだまだはっきりしている。

「えー、俺なんか横になったらすぐ寝ちゃうけどな」

「じゃあ、あんたこそ早く寝なよ。早く寝れば自分で起きれるかもしれないじゃん」

「こんな早く寝るなんて、時間がもったいないだろ」

「はあ?わけわかんない」

はあ、ため息をついて、由澄季は再び目を閉じる。が、まだ夢の国は遠そうだ。
「由澄季は、小さい頃どうやって眠ってたの?」

由澄季のベッドの傍らで、瑞樹は小型のゲーム機でゲームをしながらそう尋ねた。

「そうだなあ、5歳まではお母さんが家にいたから、お母さんと寝てた」

「ちぇ、甘えただな。抱っこしてもらってたのかよ」

「違うし。でも、頭を撫でてくれてたよ」

「へえ。こんなふうに?」

瑞樹の手が由澄季の頭を撫でた。由澄季は、母親とはずいぶん違ういい加減な撫で方に、思わず噴き出した。

「そんなぐいぐい押さえつけるみたいな感じじゃなくて、そっと優しくだよ」

「難しいな」

そう言いながらも、瑞樹の手つきは、由澄季の母親である奈央子のものに少しずつ近付いて行く。

「…やだ、なんかちょっと眠くなってきた」

思わず由澄季がそう呟くと、瑞樹が抗議する。

「やだってなんだよ。上手になったんだろ、俺。素直に眠ればいいのに」

その時、開いている窓の外から、人の話し声が流れ込んできた。言葉までは聞き取れないものの、その声を聞いて、由澄季は、妹の菜津希がまだ帰ってないことを思い出す。

がばっと体を起こして、由澄季は2階にある自室の窓から、家の前の道を見下ろした。


「あ」


思わずそう漏らすと、瑞樹も「なんだよ」と言いながら、窓を覗きに来る。

「うわ」

瑞樹がそう言う声が、やけに響いた気がして、慌てて由澄季は彼の口を塞いだ。

ふたりは、窓の枠に身をひそめながらも、今動くと、道路側の菜津希からもこちらが見えるのではないかと恐れて、体を強張らせている。

由澄季は、どうしたらいいのかわからずに、瑞樹の目を見たけれど、そこにも困惑の色が浮かんでいるだけだ。

ふたりが見下ろした先には、誰かと抱き合って口づけをしている菜津希の姿があった。


どのくらいの時間が経っただろう。

バタンと玄関のドアが閉まった音がして、いつの間にか菜津希が帰って来たのだとわかって初めて、由澄季と瑞樹ははあ、と重いため息をついて、床に座り込んだのだった。
「菜津希って、まだ小6だよな?」

先に言葉が出たのは、瑞樹の方だった。顔が真っ赤だ。

「いよいよ、菜津希がその気になったんだよ」

由澄季はそう呟いた。瑞樹は「はあ?」と言ってきょとんとしているけれど、由澄季の方は冷静だ。

美しいだけだった菜津希が、恋に目覚めた。由澄季は、そう思った。

これまで、あちこちで老若男女を問わず、その姿形を褒められていたし、男の子たちはすぐに菜津希に心を奪われたけど、菜津希には全くそういう興味がないと言うことを、由澄季は知っていた。

その菜津希が、異性に興味を持ったなら。

由澄季は、先を予想して、気が滅入ってきた。もっともっと比べられるんだろう。もっともっと手助けしろとか言われるんだろう。私にとってはそんなこと、どうでもいいのに。

「疲れた?もう一回撫でてやるから、もう寝ろよ」

瑞樹がそう言って初めて、由澄季は自分がずいぶん疲労を感じていることに気がついた。

今度は素直に頭を撫でられた由澄季は、不思議なことにあっという間に眠ってしまったのだった。


「由澄季って、本当は甘えん坊なのかな?」


その天使の様な寝顔を見ながら、瑞樹はまるで兄のように微笑んだ。


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