哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
 絵美の家が遠くに見える。
 信と絵美は手をつないで通学路を歩いている。
 病気から逃れるためなのか、信の手はだぶついた上着の袖の中にある。
 それでも絵美に触れている信の手は冷たかった。まるで氷に触れているみたいだった。
 きっとこれも病気のせいなのだ。
 絵美はそう思った。
 信に触れている手に力が入る。
 すると信もしっかりと握りかえしてきた。
 二人は言葉を交わしていなかった。
 言葉をかけると信が壊れてしまうように絵美には思えた。
 それほど信ははかなく見えた。
 信もまた絵美に何を話したらいいのかわからなかった。
 話したいことは沢山あった。
 だけどそれを話してしまうと絵美が去ってしまうと信は思っていた。
 それほどの秘密を抱えた自分を信は恨めしく思った。
 自分が背負っている運命と、自分の中に流れている血脈を恨んだ。
 今、絵美とこうしていると心が穏やかになった。
 それはこれまでに感じたことのない感情だった。
 ずっとこのままで居られたらいいのに…。
 信はそう思った。
 それと同時に、その願いは叶えられないものだと彼は改めて思い出した。
(この場所にはいつまで居られるんだろう…)
 信はそう思った。
 そんなとき、絵美が声をかけてきた。
「ねえ遠山君。あなた佐藤達に呼び出されたでしょう?」
 佐藤とは休み時間に信を呼び出した生徒のことだった。乱暴な生徒でよく弱い者を虐めては問題を起こしていた。
「何かされなかった?」
 絵美は信のことを心配していた。佐藤のことだ、仲間を集めて信を虐めたに違いないと思っていた。
「別に。何もされなかったよ」
「嘘。」
 絵美はじっと信の顔を見つめている。
「本当だよ。ちょっと病気のことをからかわれただけさ」
 信は嘘をついていることに後ろめたさを感じていた。これだけしんぱいしてくれている絵美に嘘はフェアではないと感じていたからだ。しかし本当のことをいう訳にはいかなかった。言ってしまえばここには居られなくなってしまうからだ。
「でもちゃんと説明したらわかってくれたよ」
 それも嘘だった。本当のことは、言えない…。
「そんなはず無いんだけどなぁ。あいつらに限って」
 絵美はそう言って笑った。彼女は信の言ったことを半ば疑っていた。乱暴者の佐藤達が信をそのままにしておくはずはないと思っていた。けれども、信が無事に戻ってきたのは事実だった。何かがあったにせよ無難に切り抜けてきたのだろう。もうこの話は終わりにしよう。絵美はひとまず信の言うことを信じることにした。
「ところでさ。宿題どうする?」
 絵美は言った。今日「友達を描く」という授業ををやった。絵美は信を、信は絵美を描いたのだが、二人とも授業中には終わらなかった。それは彼らだけではなく、多くの生徒が同じ状態だったので、来週の授業までの宿題となったのだ。だから一人で宿題を片付けることが出来なかった。
「うん、どうしようか…」
 信は答えに窮してしまった。アパートに誘ってもいいのだが、この時間春海はまだ帰ってはいないはずだった。隣の部屋の美鈴でも居ればまだ違うのだろうけれども、中学校はまだ授業中の筈だった。どうしたものかと考えていると絵美が提案してきた。
「ねぇ、これから家で片付けちゃわない?」
「え、いいの?」
「いいわよ。遠山君の家はお母さん働いているんでしょう?」
 それは信にとって思ってもいない申し出だった。
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