哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
 佐枝が家に帰ると二段ベッドの上段に絵美が眠っていた。母親から今朝小学校であったことを聞いていた佐枝は妹を起こさないように着替えると二段ベッドの下段に身体を預けた。
 幼い頃に買われたそのベッドはもはや佐枝には狭くなってきていた。来年には佐枝も中学三年生になる。もう妹と一緒の部屋に住むということは限界に来ていると佐枝は思った。
 二人の部屋は十二畳という子供部屋には広めのものだった。それは両親がこの家を建てたときにいずれは二つの部屋に分離できるように設計したからだった。
 そろそろ部屋の相談をしよう。
 ベッドに横になりながら佐枝はそう考えていた。
 そのとき、上段の絵美の呻き声が聞こえてきた。気になってベッドの下段から出て、上段の絵美の様子を見ると、彼女は顔をしかめて呻いていた。何か怖い夢でも見ているのだろう、佐枝は母から聞いたことを思い出して無理もないだろうと思った。
 しかし一体誰がそんなことをしたのだろうか、佐枝は妹の布団を直しながらそう思った。 この街に住む人間は全てが善人だとは佐枝も思っていなかった。不審者といわれる人間も何人かはいるのだろう。しかし有名な不審者である加瀬拓也は昨年同級生の鏡美鈴を誘拐しようとして捕まっている。
 また新しい不審者が自分たちの近くに現れたのだろうか、佐枝は捕らえようもない恐ろしさに身震いをした。
 絵美は相変わらず魘されて寝汗をかいている。このまま風邪を引かせても行けないと思い、佐枝は襟の身体を軽く揺すって起こした。
「お姉ちゃん…」
 絵美は佐枝の顔を認めてそう言った。
「あんたすごい寝汗をかいていたよ。起きて着替えなさい」
 佐枝はそう言って絵美のタオルと新しいパジャマを投げつけた。
 絵美はそれを受け取ると着ていたパジャマを脱いで身体に纏わり付いている汗をタオルで拭き始めた。
「お姉ちゃん、今日ね学校で怖いことがあったの…」
 佐枝に背中を向けた絵美は着替える手を止めて話しかけた。
「あんた、思い出したの?」
 絵美は思い出すことに抵抗するように今朝あったことを佐枝に話し始めた。
 その内容はあらかじめ母から聞いていたことと変わることはなかったが、辺りに広がる血の匂いなどは絵美の話す方が生々しかった。
 夢は記憶を整理するという。
 おそらくその機能が絵美に悪夢を見せ、それが無理なく今朝の出来事を彼女に思い出させたのだろう。絵美は致命的なトラウマを抱えることなく細部まで記憶を取り戻しているようだった。
 しかし、自分でそれを抱えていることが出来ずに佐枝に話して聞かせることでその恐怖を共有しようとしているのかもしれない。
「でも、酷いことをする奴がいるわね」
 絵美が話し終わったのを見計らって佐枝はそう言った。
 絵美はただ黙って頷いた。
< 4 / 44 >

この作品をシェア

pagetop