桜麗の社の影狐
狐火編 第二譚 紅葉
「・・・こんばんは。」

「知ってると思うけど、私外に出ていいんだって。」

「・・・よかった?――分からないや」

「・・・今日会った人達のこと知ってる?」

「・・・・・・・そっか。ありがとう」

        
        
        

・・・また夢・・・・・・
私、夕べどうしたんだっけ・・・

『結羅、お前に命ず』

そっか、あの後倒れて・・・
「結羅様!」
昨日のことを思い出しながら廊下を歩いていると、神社で下働きをしている妖の、薙(ナギ)に声を掛けられる。
「あ、薙~おはにょーん」
寝惚けた声で挨拶をする。
「おはようございます。丁度、今お呼びしに行こうかと・・・お加減はいかがですか?」
些か心配そうに尋ねられる。
「うん、もう平気~呼びに?私そんなに寝てた?」
薙の目を見て返事をし、薄く微笑んでみる。
すると、薙は恥ずかしそうにいくらか目線を下げる。
「いえ、その・・・お客様がお見えです。」
薙の言葉に、今度は笑顔で答える。
「そう、ありがとう。」
薙は顔を赤らめて返事をする。
「・・・ご案内致します。」

薙に客間に通され、襖を開ける。
「あっおはよう結羅ちゃま!」
「おはよう・・・だらしないぞ、寝間着のままで。」
客である、二人の男性に声を掛けられる。無論、彼等も妖だ。
「架月(カゲツ)君、眞宙(マヒロ)君!
いらっしゃい~どうしたの?朝から。」
私の質問に、薙が答える。
「昨夜の事で、お話があるそうで・・・」
薙の言葉が終わらないうちに、架月君が話し出す。
「そう!聞いたぞ~昨夜結羅ちゃま紅蓮と抜け出してお祭り行ったんだって~?」
架月君の言葉に、苦笑しながら答える。
「えへへ・・・うん。でも結局ばれちゃった」
眞宙君がお茶を啜りながらさらっと答える。
「それはそうだろうな。お前達が御榊をすっかり出し抜けるとは思えない。」
「うぅっ・・・眞宙君厳しい・・・」
「これっ!」
眞宙君の厳しいお言葉に少し涙目になっていると、架月君がりんごあめを取り出す。
「せっかくお土産買って結羅ちゃまのために持ってきたのに結羅ちゃまが祭りに行ったんじゃお土産にならねぇじゃん」
架月君がむぅっと頬を膨らませる。
「私に?架月君ありがと~」
「どうせお祭りで美味しいのいっぱい食べたんだろ!だからこんなのいらないだろ!」
「そんなことないよぅ架月君~たこ焼きは食べたけどりんごあめは食べられなかったし・・・」
「いいんだよ!これはもう俺が食べるって決めたんだから!」
りんごあめのビニールを剥がしながら答える。
「うぅ~架月君の意地悪~」
架月君は笑いながら問いかけてくる。
「結羅ちゃまそんなに食べたい?」
間髪を入れずに目を輝かせて答える。
「うんっ!」
「でもあげないー」
私の言葉が終わらる前に架月君はりんごあめをかじる。
「ああぁぁぁぁぁぁ!!」
そんなやり取りを、眞宙君はお茶を啜りながら見ている。

「りんごあめって甘くて美味しいから俺大好き。――まぁ宴には劣るけどな。」
架月君がりんごあめをかじりながら言う。
宴・・・
「架月君、眞宙君。宴ってどういうものなの?」
昨日誰も答えてくれなかった疑問を聞いてみる。
「そうだな・・・『良いもの』かな」
架月君が答える。
「そうだな。・・・口では説明し辛いな。」
眞宙君が架月君の言葉を上書きする。
「そっか・・・ていうか大体どうすればいいか解ってないんだよね。」
架月君が意外そうに聞いてくる。
「彩輝や御榊から何も聞いてないのか?」
「結羅。その時になれば自分で解る。」
眞宙君が、真面目な顔をして言う。
「そっか・・・」
・・・あの二人を連れてきて、何をするんだろう・・・?

薙が失礼します、と朝餉を運んでくる。
私はありがとう、と返す。
「・・・今日から街に下りるんだってな。」
眞宙君が尋ねてくる。
「あ、うん。そうなんだ」
「そっかー結羅ちゃま頑張れ!」
架月君がりんごあめをかじりながら応援してくれる。
「架月君ありがと!」
「気を付けろよ・・・お前ぼんやりしてるから」
眞宙君が心配そうに言う。
「眞宙君ありがと!気を付けるね。」
    
      * * *

「おっしゃ!そろそろ行くか!」
紅蓮が人の姿から狐の姿に変化する。
「ま、今日は初日だしまずはアイツらを見付けることから始めようぜ」
と言いながら肩に乗ってくる。
「う~ん・・・まず見付けるっていってもどうしたらいいかなぁ」
私の疑問に、紅蓮は自信ありげに答える。
「任せとけ!俺に秘策がある。」
そう言いながら私の頬を前足でむにむにしてくる。
「ひさく?」
「まあ大船に乗ったつもりでついてこいって!」

      * * *

「・・・結羅は行ったか」
彩輝が巻物を読みながら訊ねる。
そしてその問いに、御榊が答える。
「ええ、恙無く。」
彩輝は巻物に目を落としたまま答える。
「うむ。まああの二人なら大丈夫だろう。」
「結羅さんに何もお話しにならず・・・よろしかったのですか?」
「む?『宴』のことをか?話と言ってものう・・・『候補』が二人居るならばまずは選ばせんことにはのう。」
彩輝が読んでいた巻物を巻き戻しながら答える。
「 ・・・まあ、そうなのでしょうが」
「二人とも、というわけにはいかんしの。」
御榊は、灯台に蝋を入れながら答える。
「・・・そうですね」
「誰も居らんなら探さねばならぬ。二人居るならば選ばねばならぬ。厄介じゃの、『宴』とは。のう御榊。」
「いかに厄介でもやってもらわねば困ります。」
「厳しいのう、おぬしは。」
「仕方ありますまい。出会ってしまえば逃れられませぬ。こと宴におきましては結羅さんだけを・・・いえ、結羅さんだけは、甘やかされませぬ。・・・あなた様も仰ったように、結羅さんなら問題なくやり遂げましょう。」
「・・・そうじゃな。――しかし、『紅葉』か」

      * * *

「・・・はあ?なにそれ怪談?」
廊下で級友の生天目(ナバタメ)に声を掛けられる。
「都市伝説!今結構話題になってるんだ。昨日まで確かにいたはずの人がフッと消えちゃうんだ。でも誰もそれに気付かない!!怖いよねえぇぇぇ!!」
生天目は、怯えたような声を出す。
「じゃ、なんで噂になってんの?」
「えっ・・・さぁ・・・?」
「『誰も気付かない』んだよな。」
「うん。」
「・・・割と怪談ってそうだよな。」
生天目が横を向いて話し始める。
「・・・でもこんな話した後でなんだけど、この街もさ・・・誰か足りない・・・とか、思うことない?」
「・・・生天目?」
俺の言葉に、はっと我にかえる。
「あれ、やだな何言ってんだろゴメン。」
「いや・・・」
「で、どうかな今日の勉強会、参加できる?」
「あ、ああ俺今日用事あるんだ。悪いけどまた今度。」
そう言うと、生天目は残念そうな顔をする。
「そっかーじゃあノート取って明日渡すから良かったら見てよ!」
「いや、面倒だろ。いいよ別に。じゃあな。」
「そんなことないよ!じゃあまた明日、空木!」
「・・・・ああ。別にいいんだけど・・・・」
踵を返し、歩き始める。
生徒達が廊下で話す雑談が耳に入る。
“なあなあ、失踪事件の話って聞いた?”
“どの話だよ?つーか失踪の噂多すぎんだけど”
“たしかにー”
“そういうのって家出じゃねーの?噂自体すぐなくなるじゃん”

「・・・『神隠し』」

       * * *

「・・・紅蓮、ここ、どこ?」
紅蓮に連れられてやってきた場所には、何やら大きな建物が建っている。そして、その建物中から沢山の人々が出てくる。
「『学校』だ『学校』!!てゆうか『中学校』ってやつだ。」
「ちゅーがっこー?」
なにそれ。
「学校にも種類があるんだよ。ここは見た感じお前みたいなガキの通う所だな。」
「ふぅん・・・じゃあ私も通えるってこと?」
私の質問に、心底呆れた顔をする。
「はぁ?んな訳ねーだろバカ結羅。あーもーいいか?大事な話するぞ?」
「?うん。」
「よく思い出してみろ。昨日のメガネと今ここから出てくるガキ、同じ服着てるだろ?」
「ああ、そういえば。」
「あれ、この学校の制服なんだ。メガネはこの学校の学生なんだよ。」
なるほどっ!
「すごい紅蓮!!冴えてる!!」
私の言葉に、紅蓮は心底嬉しそうな顔をする。
「いや~はははは・・・まぁ知り合いからの受け売りだけどな」

「・・・メガネ君出てこないね・・・」
それからどれだけ経っただろうか。
沢山出てきた学生達も、疎らになってくる。
「・・・確実にもう帰ってんな・・・・」
「どうしよう?私達も帰る?」
私の提案に、紅蓮は髪の毛をわしゃわしゃ引っ掻いてくる。
「あぁん?会えませんでしたーって初日から手ぶらで帰れるか!もうちょっと頑張れ結羅!」
「やめてよ紅蓮~てかそんなこと言われても~」
刹那。
誰かのくしゃみが聞こえる。
後ろを振り返ると、なんと校内の木の上に、昨日のメガネの人が登ってこちらを見ている。
私達がそちらを向くと、彼はスタッと地面に降りてくる。
「・・・また会ったな。」
「・・・あ、うんそうだね・・・?」
「花粉を堪えて見張った甲斐はあったというものだな。なぜこんなところにいる?」
「えーっと君と空木って人に会いに・・・」
「わざわざここまで調べてくるとはな・・・一体何の用だ?」
「えっと・・・仲良くなる、かな?」
「仲良く・・・?」
彼は意外そうな顔をする。
「そう、仲良く。」
落ち着いた声で返す。
すると彼は些か目線を下げて何かを思考し始める。
そして目線を元に戻して話し始める。
「――――・・・会わせてやってもいい・・・空木に。」
私達が驚いていると、彼は別の方向を向いて歩き始める。
「・・・ついてこい。」
「やった!紅蓮、ラッキーじゃない?」
私の言葉に紅蓮が不満そうに返す。
「えーでもなんか出来すぎっていうか棚ボタすぎて怪しいっていうか・・・」
私達が話していると、彼はこちらを向いて声をかけてくる。
「来ないのか・・・?」
「あっ行く!お願いします!」

      * * *

彼についていって辿り着いた場所は、商店街の一角にある、古い店だった。
「・・・・・・あの・・・なんで隠れてるの?」
私達は今、店の前の看板の裏に隠れてショーウィンドゥを覗いている。周りから見れば明らかに不審者だ。
「シッ静かにしろ!!」
彼は私の方を向き、注意する。
そして、プイと横を向き、さらっと付け足す。
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