彼女が変身した事情
うちのマンション、作りが複雑で隣りの家と俺ん家の玄関が向かい合わせ、建物がコの字になって居て部屋が向かい合わせになっている。
隣りはずっと空き家になってたけど…そっか、暫く帰ってこないうちに引っ越して来てたのか。



風呂に入りてぇけど、手の自由は利かねぇしなにするにも利き手の怪我が邪魔してうまくいかない。イライラする………。



「…っ、くそっ」


イライラついでに立て掛けてあった紙袋を足で蹴る。中身が散乱する。レディースの衣類。ワンピース、ニット、タンクトップ、キャミ、スカート、パンツ類………ごっそり入っていた。紙袋に張り付けたメモ。


《良ちゃんへ。女の子用のサンプル、彼女へどーぞ》



「ばっかじゃね?女なんかいらねーっつぅの」



畳まず、袋に戻したかった。でも几帳面な性格が災い、中身を出して左手で畳み出す。



「ちくしょう、うまく畳めねぇ。それもこれもアイツのせいだ」



桜の下のあの娘。顔を思い浮かべてイライラ………する筈だった。でも思い出すのがあの真っ直ぐな深い視線。黒い瞳、長い睫毛……眼鏡とれば案外化けるのかもな。



「何考えてんだ俺ってば………」



ハタと気付いてまたイラつく。俺はあいつに迷惑ばっかかけられてんだぞ………。



バッと立ち上がってシンクの方へ。水を飲もうとコップを取る。



「…………ん?」



無造作に置かれた包み。張り付けられたメモ。


《越して参りました。よろしくお願いします。奈月》



「なつき?………」



今時隣りんちに誰が住んでるかすらわかんねぇご時世に律義なこって。



包みを開けるとタオルと、手作りらしいクッキーの包み。



「ふーん………」


何気なく口に運ぶ。


「あ。うめぇ……」



食べた事無い味。
小腹が空いてたからかもしれない。でも多分それだけじゃない。今まで何度と無く手作りクッキーを食べた筈なのに今までで一番旨かった。



思わず夢中で全部食ってしまった。





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