大義名分

おじさんの話

常連で何度も、となってくると、同じ話を繰り返すときもあるが、恵比須顔のおじさんは今日は自分の話をし始めた。



私はね、10歳前からの記憶がないんだよ。

気がついたら丁稚奉公に出されたらしい家にいてね、ソコからすぐ別の家にまた奉公に出されてね。

「丁稚奉公って何?」
なんとなく覚えのある名称だけど、よく解らないので私は訊いてみた。

「ああ、今で言う新入社員かな。
今は二十歳過ぎなきゃ働かなくていいってイメージあるけど、
一昔は、5歳からでも、子供は働きに家を出たりしていたんだよ」

・・・私はちょっと半開きにしていた唇を引き締める。
けして自慢げにしていたわけでも悲劇の主人公ぶってたわけではないが、
17でこんな仕事をって・・・友達に嘆いて見せたことはある。

おじさんは私の表情の変化に慌てたようだ。

「べ、別に、今の若い人を悪くは思わない、

ただ、お前さんたちの世代の人間は子供が働かなくていい時代に生まれただけなんだから。
働かないと言ってものほほんとしているわけじゃなく、親の身勝手や、学校や塾での人間関係も昔より複雑らしいし、
時間も不規則で健康に良くないと言いながら、小さい時からなんだかんだと大変で、自分の時間がもてないのはいつの時代でも同じだよね。

戦後生まれは強いだの何だの言われているが、わしらのちょっと上の年代は姑息に出来ている。
会社に何かあれば、いの一番に逃げ出すよ、お金だけ持って、
そしてわしらも、他所の国からミサイル一つ飛んできただけで、明日も見えぬ状態になるだろうし」
言って、またおじさんは頭を掻いた。

いけないね、うるさいおっさんと変わりないな・・・昔のことを考え出すと、どうにも暗くなってね。

私は首を振る。
「おじさんの心配正しいと思うよ。
記憶がなくなる原因に、頭を打ったりいやな目に合ったとかあるけど、そんな理由で?」

どこにも怪我はしていなかったんだよ・・・・最初の家から別の家に送られた理由がね、
ただ一言、不幸な村の生き残りだから、縁起が悪いからと・・・。




< 2 / 3 >

この作品をシェア

pagetop