ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】


(大騒ぎになっているけど……本当に火事なのかな)

 おれの周りでは医者や看護師さんが患者の避難に奮闘している。あっちこっちで声掛けが聞こえた。
 おれの警備に当たっているであろう、覆面刑事をしている柴木刑事や勝呂刑事も患者さんの誘導に参加していた。内、柴木刑事がおれの姿を見つけると、「那智くん。大丈夫?」と声を掛けてきてくれた。

 大丈夫の意味を込めて頷くと柴木刑事が優しく微笑んで、中庭から出て行かないようにね、と言ってくる。傍に兄さまがいないからこそ、そう言ってくれたんだろう。おれはまたひとつ頷いた。

 医者や看護師さん、柴木刑事や勝呂刑事たちは大変そうだった。
 中庭に避難した患者を誘導するだけならまだしも、病室で動けない重症患者の下へ走ったり、防火シャッターを下ろすため、どこで出火したのか、火元の確認を急いでいた。中庭は本当に慌ただしかった。

 おれは奔走している人達の邪魔にならないように、中庭の隅に移動する。

(……あ、携帯)

 その矢先、病室に携帯を置いてきてしまったことを思い出した。
 緊急事態のせいですっかり携帯の存在を忘れていたよ。他人とは常に筆談でコミュニケーションを取っているから、スケッチブックとボールペンは当たり前のように持って来たけど、携帯を忘れてしまうなんて……兄さまと連絡が取れないじゃん。

 とはいえ、おれはあまり問題視していなかった。
 あとで勝呂刑事か柴木刑事に借りればいいやと楽観的な考えがあったんだ。前も携帯を借りて、兄さまと連絡を取ったことがあったから、今回もそうすればいいや、と思った。
 どっちにしろ、病室に戻れる雰囲気じゃないしね。

(だけど、早めに兄さまに連絡しないと……見舞客を連れて来ると言ってたしな)

 兄さまが連れて来ると言っていた見舞客は『Flower Life』で、アルバイトをしている福島さん。

 おれと仲良くしてくれる花屋のお姉さんで、兄さまと同じ大学に通っている、兄さまのお友達? ……兄さまにお友達なのかどうかを聞いたら、すっごいしかめっ面を作っていたから、本当のことは分からないけど、知り合いなのは確かだ。
 とにもかくにも今日、福島さんがおれのお見舞いに来てくれる予定だった。

 どういう経緯でお見舞いに来ることになったか分からないけど、福島さんに会えることは少しだけ楽しみにしていた。

 というのも、福島さんは優しいお姉さんでお花やハーブ、園芸に精通している。

 とくに福島さんの話す園芸の話はとても面白くて、ついつい聞き入っちゃうんだ。
 兄さまは園芸に興味がないから、あんまり園芸の話を振らないようにしているんだけど、福島さんは自分からおれに園芸の話を振ってくる。それが嬉しくて楽しくて。
 兄さまも植物とか、園芸とか、そういうのに興味を持ってくれたらいいんだけどな。

 大好きな人と同じ趣味のことで話せたら、すごく楽しいだろうし。
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