ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】


 被害者である下川那智の保護に成功した益田は、溶接場跡地を後にして勝呂や警官と共に覆面パトカーへと向かう。

 理由は下川那智を地元の救急病院に運ぶため。
 益田は現場の指揮を取るために、鉄工場廃墟に残るものの、下川兄弟を見送りたい程度には気を掛けているため、一時的な指揮を柴木に任せた。彼女なら現場の状況を整理して、自分に伝えてくれるだろうから。

(坊主の顔色が悪い。血の気が無くなっている)

 下川治樹に抱えられている被害者は、兄の腕の中で小刻みに震えていた。

 毛布に身を包んでいるが、一向に体温が上がる様子がない。いつまでも身を震わせている。唇は紫色に染まっていた。

 弟の様子に下川治樹は力なく眉を下げ、冷たい雨粒が弟に当たらないように、そして少しでも体温を上げてやろうと、自分の身に弟を引き寄せている。

 それはいつもの下川治樹であった。
 大なり小なり感情を(おもて)に出すようになっているので、いくぶん気持ちが落ち着いたことが見て取れる。

 覆面パトカーの後部席に下川兄弟を乗せると、兄に抱えられている下川那智が「にいさま」と、か細い声で兄の名を呼んだ。
 弾かれたように弟を見つめ、下川治樹が「どうした?」と優しく返事する。

 少年は言葉を選びながら頼みごとをした。

「手、にぎっていい? さむくて」

 それはずいぶんと控えめな頼みごとだった。
 そして、それは含みのある頼みごとだった。

「そんなの聞くまでもねえよ。遠慮するな」
「ありがとう兄さま」

 兄の許可をもらった下川那智は心底安堵すると、下川治樹の右手を両手で握って目を閉じる。
 独り言のように「怖くない」と「気持ち悪くない」の二つを呟いた。

 控えめな頼みごとの意味を察した益田は少年の気持ちを汲んで、警官に毛布をもう一枚用意するように頼む。間もなく毛布が運ばれると、益田はそれを広げて下川那智の視界から車内が見えないように包んでやった。

 そして運転する勝呂に耳打ちする。最短で救急病院に行け、と。

「坊主を長時間、車に乗せるな。いいな」
「了解しました」

 下川那智はおおよそ車内で暴行を受けたと思われる。

 ゆえに、兄にあのような控えめな頼みごとをしたのだろう。後ろめたさがあったのやもしれない。少年は何も悪くないのに。

 益田が察しているのだから、誰よりも弟のことを理解している兄が気づいていないわけがない。下川治樹はさっきよりもつよく弟を抱えていた。「兄さまが傍にいる」と、言葉を添えて。

「那智。さっきはお前にひでぇ言葉を言ったが」
「兄さまの気持ちは全部おれのものにしたいので、撤回しないでください。鳥井さんに兄さまの気持ちはあげない」
「お前には敵わないな。ほんと」
「兄さまばかですからね」
「俺の方が那智ばかなんだけどな……まだ怖いか?」
「ちょっとだけ」
「いいんだ。正直に言えよ」

「……殴られた方がまだマシでした。兄さま、おれ吐いちゃうくらい嫌で、すごく嫌で」

「怖かったな。那智、ひとりでよく頑張った。よく耐えたよ」

 うん、うん、うん、下川那智は何度も涙声で頷いていた。

 やはり、暴行を受けたのは車内だったのだろう。
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