水面に浮かぶ月


チャイムを押して少し待つと、透子はドアを開けてくれた。



「ごめんね。寝てた?」

「ううん。大丈夫」


透子が仕事を辞めて以来、光希は時々こうして、透子の部屋を訪れる。


透子の部屋は、いつもバラの香りがする。

そんな程度のことで、光希はひどく心安らぐのだ。



「どうしたの? いきなり、珍しいわね。びっくりしちゃったじゃない」


透子は、新しい店のイメージ図の並んだテーブルの上を、手早く片付ける。


こんな明け方も近いような時間まで、透子は頑張っているのだ。

あの日の約束のために。



「透子の顔が見たかったんだ」

「あら、嬉しい」


おどけたように言う透子。



「でも、あんまり頻繁に来てていいの? 誰かに見られちゃうかもしれないでしょう?」


確かに今までは、それが何時であろうとも、場所を変えて会うようにしていた。

けれど、それももういいんじゃないかと思う。



「なぁ、透子」

「うん?」

「透子の新しい店がオープンして、軌道に乗ったら、一緒に暮らそうか」

「え?」

「っていうより、俺と一緒に暮らしてほしい。もう透子と離れてたくないんだ」

「光希……」


14年も我慢したんだ。

光希ももう限界だった。
< 114 / 186 >

この作品をシェア

pagetop