水面に浮かぶ月
今になってみれば、本当に愛されているなどという保証は、どこにもない。

それでも、透子は、光希を守りたかった。



「私はそんな人、知らないわ」


どうせ殺されてしまうなら、私だけが罪をかぶればいいことなのだから。



「噂、聞いてないの? 私、岡嶋組の組長と寝てるの。岡嶋組の組長に頼まれたから、あんたのことを」


ガッ、と殴られた。

続いてひどい鈍痛が顔全体に広がる。


どこを殴られたのかわからないほどの痛みに、悲鳴も出なかった。



「つまんねぇ冗談はよせよ。そうまでしても、光希をかばいてぇか?」

「だから、そんな人は知らないって、何度も」


言いかけた透子を、リョウは再びガッと殴った。


もう息もできない。

リョウは、そんな透子の胸ぐらを掴み、



「岡嶋組の組長はな、何年も前から糖尿病で透析を受けてんだよ。女を抱けるわけがねぇ。だから、実質、組を支配してんのは、内藤って野郎なんだよ」

「……っ」

「そんなことも知らねぇで、思い付いたような嘘ばかり並べんな。もうこれ以上、殴られたくねぇだろ?」


透子は意識を失う寸前だった。

だが、それでも、声を絞り出す。



「何のために私の前に現れたの」


リョウは、それが待ちに待った質問であったかのように、クッと口角を上げ、



「お前を殺しはしねぇよ。光希をおびき出すエサになってもらいてぇだけだ」


刹那、拳が腹を打った。


透子は嘔吐し、そのまま意識を手放した。

最後に見たのは、リョウの、残酷なまでに冷たい色をした瞳だった。

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