水面に浮かぶ月


光希の携帯が鳴ったのは、その日の夜だった。

【優也】と表示されている。



「光希さん!」


通話ボタンを押すなり、優也はひっ迫したような声を出した。



「今、シンから連絡があって!」

「シンから?」


シンとはあれからずっと、連絡が取れない状態のままだった。

だから光希も驚いたのだが、優也は荒い呼吸のまま、早口に言う。



「『今まで俺の所為で迷惑かけてごめんな』、『光希さんにもごめんって伝えてくれ』、『最後にそれだけ言いたくて』って」

「………」

「シン、それだけ言って、すぐに電話を切ってしまったんです。だから、俺……」


声を震わせる優也。

みなまで言われずとも、光希にも状況の深刻さは伝わった。



「わかった。とにかく落ち着くんだ、優也。今、どこにいる? 事務所まで行けるか? 俺もすぐに向かうから」


光希はキーケースを引っ手繰って部屋を出た。


冬の終わりなのか、それとも春の始まりなのか。

色々なもので濁った風が吹いていた。



光希が、店の裏手にある従業員専用駐車場に車を停めてすぐ、優也を載せたタクシーも到着した。



誰かに監視されていないだろうかと気になったが、殺されるならとうの前やられているなと思い直した。

それより今は、シンのことが気掛かりだ。


光希は息を吐き、



「とりあえず、事務所に上がろう。話はそれからだ」

「はい」
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