水面に浮かぶ月
警察に通報すれば、シンは捕まるだろう。

動けるなら光希が先に見つけ出すところだが、今は下手なことなどできないし、何よりもうその手段もない。


だとするならば、それも致し方ないのかもしれない。



「いくらシンでも、これはさすがに情けはかけられない。落とし前はつけさせないと」


とはいえ、苦渋の決断だった。



いつも無邪気に笑っていたシンを思い出す。


光希を慕っていたシン。

『母さんのためなら何でもしてやりたい』と、真っ直ぐな目をして言ったシン。



「俺はあいつの口から、きちんと、こんなことをした理由を聞きたい」


もはや、金がどうとかではなかった。

光希は、こんなことになってしまったことへの悲しみの方が大きかった。



「警察に通報する前に、下も確認しておきましょう」


優也に促され、光希は事務所を出た。



階段を降りて、『promise』、『cavalier』と、順に見てまわる。


それぞれのドアにきちんと鍵がされている時点で人が立ち入ってさえいないことは明白だったし、もちろんそれぞれの部屋の内部は寸分の乱れもなかった。

元より重要なものはすべて事務所に置いていたし、そのことはシンも熟知しているだろうから。



「こうも事務所だけをピンポイントに狙うなんて。もう、強盗かもしれないという、かすかな希望さえなくなりましたね」


普通なら、バーである『cavalier』を狙うだろうし、二階と三階は常にカーテンをしていたため、そこに何があるかなど、関係者以外は誰も知らない。

何より、事務所の鍵穴が壊されていなかったことから考えても、犯人は合鍵でドアを開けたのだ。



「事務所の鍵を持っているのは、光希さんと俺を除けば、シンしかいないのは事実ですし」
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