水面に浮かぶ月
透子は『cavalier』の店内に目をやる。

吹き抜けた風は、バラの香り。



「寂しくないわ。悲しいって気持ちもない。私たちは大丈夫。だから、ね? 心配しないで」


写真なんかで見ていたよりもずっと、清く、美しく、しなやかな人。

透子の目が、再びこちらに向いた。



「それに、私も退院してから、色々と忙しくて。『Club Brilliance』を引き払う手続きのために走りまわったり、お客さまにお詫び行脚したり。おかげでまた傷口が開いたらどうしよう、って」

「いや、それ、冗談になってないですよ」


気が抜けて、そうしたらシンの涙は引いていった。



「これからどうするんですか?」

「まだ決めてない。でも、身ひとつで、案外どうにでもなるものよ。だって私、ずっとそうやって生きてきたんだから。お金がなくなったらまた稼げばいいんだし」


清く、美しく、しなやかで、そしてどこまでも強い人。

透子は「シンくんこそどうするの?」と、問い返してきた。



「俺もまだ、具体的には何も決めてません」


シンは、「でも」と言葉を切り、真っ直ぐに透子の目を見る。



「でも、俺も光希さんを待とうと思ってます」


恩人だからというだけではない。

あの人が戻ってきたら、今度こそ、聞いてみたいことがたくさんあるから。


透子は少しの間を置き、くすりと笑う。



「嬉しい」


そう言った透子は、シンの手を取った。



「ねぇ、私と友達になってくれない? シンくん。私たち、きっと仲よくなれると思う」
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