水面に浮かぶ月


ママは特に何も言わなかった。

マナミはあからさまに怒った顔で、透子を無視していた。


他のキャストたちは、透子のことを、身の程知らずだとでも言いたげな目で見ていたが、だからって、麗美の時ように、わかりやすく陰湿なことは言わなかった。


あの日から、3日。

まわりからの威圧が日ごとに増し始めた中で、その人はやってきた。



八木原翁は、店に現れるなり、透子を卓に呼んだのだ。



フロアにいるすべての人が、驚いた目で、透子を見ていた。

嫉妬と、羨望と、称賛と。


色々なものが混じる注目を一身に集め、透子は八木原翁にほほ笑みを向けた。



「来てくれると思っていました」

「偉そうに」


だが、八木原翁の顔に、いつもの不機嫌さはなかった。

それどころか、おもしろいおもちゃを見つけたとばかりに、にやついている。



「おい。ロマネコンティを持ってこい」

「わかっているとは思いますが、それだと私の売上になっちゃいますよ?」

「だから頼んでやったんだろうが」


勝った。

未だかつて、誰も落とすことができなかった八木原翁を、透子が、自分自身の力を持って、客にした瞬間だった。


つまりはそれは、誰もが認めざるを得ない勝利なのだ。




これにより、透子はマナミの売上を抜き去り、ナンバーワンになった。




マナミは悔しそうに顔を歪めていた。


今まで可愛がっていたはずの後輩が、とでも言いたいのだろうが、透子にとっては、そんなもの、負け惜しみでしかない。

光希と交わした『約束』を思えば、他のすべてはそのための土台でしかなく、小さなことなのだから。

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