水面に浮かぶ月
目に見える傷だけがすべてではない。

『愛育園』にいるということは、それだけで、何か抱えているということなのだから。


光希は「ごめん」と呟いた。



「今日ね、僕、誕生日なんだ。7歳になったの。でも、誰もお祝いしてくれない。こんなところにいたくないよ」


半べそだった。



女の子は――透子は、「ちょっと待ってて」と言って、立ち上がり、花壇の方に走って行った。


少しして戻ってきたその手には、白いバラが握られていた。

直に持っているため、棘の所為で、透子の手には血がついていた。



「はい、これ。誕生日プレゼント。透子がお祝いしてあげる」


光希はひどく驚いた。



「透子が育ててるんだよ。透子、お花係だから。だから、一番いいやつあげるね。みんなには内緒だよ」

「でも、血が……」

「血が出るのは、生きてる証拠なんだって」


生きてる証拠。

そうだ、僕は生きてるんだ。


光希は泣きそうになりながら、うなづいた。



「透子もね、今日、7歳の誕生日なんだよ」


熱を含んだ風が吹く。

真っ青な空には、入道雲が浮かんでいる。


光希は、笑顔を向けてくる透子に、その瞬間、心を奪われたのかもしれない。





「何かいいことでもあったんですか?」


聞いてくるシンに、



「ちょっとね」


光希は思い出し笑いをしながら答えた。
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