水面に浮かぶ月
「お嫌いですか?」

「まさか。むしろ喜ばしいことだ」


だからって、客はあからさまにがっついたりはしない。


『JEWEL』では、自分を誇張させ、わかりやすく関係を強要してくる客も多かったが、それに比べたら、『club S』はまるで紳士の集いだ。

だからこそ、よりいっそうの駆け引きを必要とするため、神経を研ぎ澄まし、会話にも細心の注意を払わなければならないのだが。



「ここは選ばれた人間しか訪れることを許されない店だ。だからこそ、キャストもスタッフも、一流を求められる」

「えぇ」

「きみはその器がある人間ということかな」


試されているのだとわかる。

客は社交的な笑みの奥で、瞳がぎらぎらしていたから。


透子はふっと表情を崩し、



「それは奥村さま自身がお決めください。キャストの価値は、お客さまが判別することですわ」


透子は決して客から目を逸らさない。

判断を委ねるようなことを言いながらも、その実、私を選べと、強く訴えかける。


先に視線を外したのは、客の方。



「それはつまり、僕がきみの価値を判断するために、これからはもっと話をしよう、と?」

「あら、そんな風に聞こえました?」


少し引いてみる。

客は困ったように笑った。



「敵わないなぁ、きみには。えっと、名前は」

「透子です」

「透子ちゃん、か。気に入ったよ。今日はもう帰るとするが、次回からはよろしく頼むね」


客は席を立つ。

透子は「ありがとうございます」と頭を下げた。


ママは透子と目が合うと、満足そうにうなづいて見せた。

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