雪の果ての花便り


早く言い逃れないと帰り道を尾行されてしまう。


私は襟を正し、鏡の中の自分へ「よし」とつぶやいてから化粧室を出た。


夕飯時のカフェレストラン〈ZInnIA〉は混雑している。


最低でも週に1回通っている私は迷うことなく親友が待つ席へ歩く。店内に流れるジャズの曲目が変わる。椅子に座ると柚(ゆず)がティーカップを置いた。


「やっぱりコーヒーにすればよかった」

「……、帰りにコンビニコーヒー買ったら?」

「どうして家に帰ったらいれてあげるって言わないかな」

「コンビニがすぐそこにあるから。おいしいんだよ?」


平静を装ってはみるが、引き下がる様子のない柚に私の手はコーヒーカップへ伸びる。


「そんなにあたしとガールズトークをするのが嫌なわけ?」


眉根を寄せたのはカップの中身がぬるかったからであって、『嫌だ』と伝えたわけではないのだけれど。


「あたしの家に泊まりにきたことはあるくせに、なんであたしはアンタの家に泊まっちゃダメなの」

「柚、怒らないで」

「怒りたくもなるっての。アンタの幸せを願って泊まりに行くって言ってるのに、拒否するってどういうことなの」

「柚、ちがうの」


カップを置いて少し身を乗り出すと、柚は何者かに突き飛ばされたが如く背もたれに寄りかかった。


「美空(みそら)さんがフランスに行くのを黙って見送るなんてありえない!」

「柚、声が大きい」

「これからだってときなのに! アンタ、なにをそんな悠長に構えてんの!? バカなの!?」


どうやら柚は今日も周囲の視線を感じ取れないらしい。


「決まっちゃったもんは仕方ないよね、ってなに!? さっき真面目に考えてみたけど、そんなの絶対おかしい!」

「引き止めるわけにもいかないでしょ」

「だったらもっと落ち込むなり一緒に連れて行ってとか言うなり、他に行動できないわけ?」

「見送りはしたいと思ってる」

「理解できない。ぼけーっと見てるだけの片思いを1年間していた女の思考回路が、あたしには理解し難い」

「私は柚の発想にいつも驚かされる」


コートを羽織る私に、「こっちの台詞よ」と柚は言った。
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