奴隷戦士
彼の行動は、今までで一番よくわからないものだった。


死ぬのは許さないと言っているのに、ぼくを殴ったりするなんて。


彰太郎が自分でぼくを殺そうとしているから、ぼくが勝手に死ぬのは嫌っていうことだろうか。


それは嫌だなあ、自分の死くらい自分で決めたい。


彼に開放されて、あてもなく境内の外を歩いていると、立派な門構えの大きな道場にたどり着いた。


【円谷道場】


看板のような木の板にそう書かれてあった。


「…何て読むんだろ」


何て書いてあるのか、分からなかった。


今まで生きてきてこの方、ロクに勉強をしたことがなかったぼくは、そんな漢字など読めるわけがなかった。


勿論、一週間に一度の間隔で勉強を教えにやってくる教師はいるけど、彼の話はよく分からなくて、面白くないし退屈だから教師がいるその場には座っていた。


その場に座っているだけ。


話は全く聞いてなかった。


お経を読む時も、おっさまは何かを見てよんでいたけど、ぼくはおっさまの声を頼りに覚えたものを言っていただけであって、その何かを見て読んだことも一度もない。


というか、おっさまはそれを触るのを誰にも許さなかった。


その紙のような本のようなものをチラリと、おっさまが唱えているときに見たけど、なんて書いてあるのか全く分からなかった。


「……なんか用?」


突然、後ろから鈴の音を転がすような声が聞こえて、口から心臓が出て行きそうだった。


振り返ると、歳は同じくらいなのに俺よりも背が高く、髪の短い女が俺を訝しい表情で見ていた。


「…え……えと…」


「用があるのなら入って、ないのなら出て行って」


まごついているぼくを見て、彼女は眉を顰めて言った。


何て言おうかと思っていた時に助け舟を出された俺は、すぐに前者を選び、中に入った。


「何しに来たの」


彼女はじとりと、ぼくを品定めをしているような目で見た。


「何しに…って」


何しに来たんだろう、ぼく。


あてもなく歩いていたら目についた?


いや、お寺のお手伝いさんに言われた?


導かれるように来た?


特に何も考えていなかったぼくはまた、まごいていると、彼女の目が「早く答えろよ」という目に変わる。


どうしたものかと、辺りをキョロキョロしていると、ふと、剣道場が目に入った。


「セェェィイッッ」


-----ダァンッ


奇声と踏み込んだ音が聞こえる。


そして、カランカランと木の棒のような物が地面を滑っていく音と、「一本!」という凛とした声が聞こえた。


俺はその景色に吸い込まれそうだった。


鼓動が早くなる。


胸が躍るような感覚にも襲われる。


「……剣…?」


それをずっと見ているぼくに、彼女もいっしょの方向を見て言った。


…剣。


男が地面を滑っていった木の棒を拾って、もう一度、試合をする。


カン、カンと木刀と木刀がぶつかる乾いた音がして、ダンドンと踏み込む音が聞こえた。


「剣」


ゴクリと、生唾を飲み込む。


瞬きを忘れていた。


「剣がしたい」


そしてぼくは、剣道場を見たまま言うのだった。
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