奴隷戦士


「先に魚を獲った方が勝ちじゃぁッ」


鷹介が目をギラつかせて言った。


それに答えるように体の小さな子たちが目を輝かせ、どこに魚がいるのかと必死に辺りを見渡す。


水面からの太陽の反射した光はとても強く、目の前が真っ白になるのではないかと不安にさせるほど、ギラギラと輝いていた。


「じゅーしろーは探さないの?」


隻腕の一人の女の子が、飛び石に座って涼をとっているぼくに言った。


「歩くのに疲れちゃった」


「きょうは日光がつよいもんねえ、三郎(サブロー)がいたら『たるんどる!』って言うねえ」


そうだね、と頷いて、彼女に水をかける。


キャッキャと楽しそうにする彼女を見て顔がほころんだ。


「紐紫朗!おまえも魚獲るんやで!勝負!」


息を切らせて、すでに手足が濡れている鷹介が満面の笑みで魚を獲るジェスチャーをした。


彼はその数でぼくに勝ったことがないからそう言ったんだろう、負けず嫌いもここまでくると面倒くさい。


今日は魚を捕る目的で来たわけではないけれど、彼がそう言うのなら、そうしよう、しょうがない。


「でも、ぼくも負ける気はないからね」


「ま、前はオレの調子が悪かっただけやし!!!」


重い腰を上げて意気揚々と上半身の服を脱ぐと、鷹介が口を尖らした。


「毎回調子悪いと大変だねえ」


思わず意地悪を言ってしまうが、いつものことなので彼は気にしていないようだった。


「絶対今日こそ勝つし!!!」


なにが彼をそこまでさせるのかは、まったくわからないが、楽しそうならそれでいい。


「なぜなら!今日は!こんなにも俺の味方がおる!」


そう言って彼は一緒に来た全員の名前を言い、取った魚の数をぼくと比べて多かった方の勝ちだと、功労者にはあとで金平糖をあげる約束まで取り付けていた。


そんな提案をされた体の小さな彼らはさっそく川の中を見て、魚を探しだした。


金平糖なんて、そんな高価なものをいつ手に入れたのやら。


ぼくも彼らに負けじと、目を凝らして川の中を、魚がいるのかいないのか探す。


そんなとき、ドボンと大きな音を立てて、派手な水しぶきが上がった。


たくさんの小さな悲鳴と困惑の声が舞う。


誰かが冷たい川の中へ落ちてしまったのだと思って、急いで辺りを見渡すと、鷹介の姿だけが無かった。


いや、おまえかよ。


「ブはぁッッ!!!」


「わ!!?」


不意に、鷹介が水面を破ってトビウオのように現れた。


また小さな子たちの嬉しそうな悲鳴が聞こえる。


「意外と鷹介ってドジだよね、大丈夫?」


小さな子たちは鷹介の演技だと思ったようだが、むせている彼の背中をさすりながら、コケの生えた石とかに足を滑らせたのではないかと推測する。


ぼくの手に彼の背中の骨が当たった。


「やかまし!」


そう叫ぶ彼の顔は赤かった。


「褒めてもないのに照れんなよー」


ぼくがげんなりした顔で言うと彼は、「してへんわ!」と更に顔を赤くして叫んだ。


軽口をたたける余裕があるのなら元気な証拠だ。


「ようすけ~ぜんぜん魚いない~」


「こっちも見つかんない!」


小さな子たちが困ったように口をそろえ、指示を仰ぐ。


「げぇ、さっきまでおったんやけどなあ」


先ほどの大きな衝撃で、どこかへ逃げてしまったのだと小さく唸り、どうするかとぼくに視線を寄越した。


「帰る?」


川の方へ目を向けると、先ほどまでのギラギラした表情はなく、緑と茶色の川の流れに身を任せている藻が見えた。


「もうちょっと遊んでたいが、寒いなあ…勝負は引き分けかあ」


全身びしょぬれの彼がくしゃみをしたら、勢いよく頭を振ったので、髪から滴がぼくに飛んだ。


「つめた」


刺すような日差しは今はその牙を収められ、どこからか風が強く吹いた。


「さむい~」


隻腕の彼女が鼻水を垂らしていた。


他の子の唇も少し青くなっていた。


「帰ろう」


寒いとこぼしていた彼は小さな子たちと楽しそうに鬼ごっこしながら帰り、途中でこけた。


「よーすけ、大丈夫?」


「川で転ぶわ、走ってこけるわ、今日は大変だねえ」


「感心せんと、なずなみたいに心配しれくれんのか、紐紫朗は」


俺の心配してくれるんなんて、なんて君は優しい子なん?と隻腕の彼女を抱きしめていた。


「あ~!ぼくもして~!」


「いいな~おれも!」


先を行っていた彼らが息を切らして戻ってきて、鷹介にせがんだ。


はいはい、順番ねと困ったように笑う彼も楽しそうだった。


「最後に~紐紫朗もおいでや~」


「はぁ?」


あろうことか、彼は満面の笑みでぼくにも抱き着けと言う。


「なっ、なんでっ?別に濡れるからいい」


「あ、そう。ならみんなで手えつないで帰ろうか~」


鷹介の意図することが分からないままだが、彼らが楽しそうにはしゃいでいるのならいいか。
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