奴隷戦士


「おや、また川でこけたのかい」


寺に帰って、自分たちの部屋に行こうとしていたら、おっさま(和尚様)に言われた。


「うん、おっさま。俺ね、魚になったんやで!」


鷹介はニカーっと笑って、「なっ?」と、ぼくを見た。


「どんな魚だった?」


おっさまはぼくの顔を覗き込んで、やわらかく微笑む。


「飛魚みたいだった!でも、鷹介はこけたんだよ」


「それは言わんでええの!」


鷹介がぼくに対抗し、口論になりそうなところでおっさまになだめられる。


「そうかい、そうかい」


彼はワシワシと鷹介とぼくの頭をなでながら、お手伝いさんを呼んで「風呂の準備を」と告げる。


乱暴な撫で方だけど、大きくてあったかいおっさまの手は大好きだ。


「おや、魚も採ってきたのかい」


鷹介が袋代わりにして魚を入れた服を、おっさまに魚を見せた。


「おや、たくさん採ってきたね」


とってきたのは鷹介なのにぼくは何故か自慢げだった。


「でもこれはここで食べる分には多いね。自分たちで食べる以上に殺してはならないよ」


おっさまの顔は少し厳しい顔に変わっていた。


「どうして?」


鷹介が首を傾げた。


「私たちはその食べ物の命をいただいているからね。無駄にしてはいけないよ。もったいないし、私たちが死んだあと、奪った彼らの命の分だけ罰がくだる」


背筋が凍った。


その話に、ではなく、おっさまがそんな般若顔負けの顔をするとは思わなかったからだ。


「ば、罰?」


ぼくと鷹介は顔を見合わせた。


「罰って…痛いの?」


「痛いねえ…とても辛いものだと聞いているよ。それに罰が下るということは、地獄に行っているということでもあるからね。とても辛く、痛く、寂しい場所だよ。今ここにいるよりももっと辛いことの方が多いし、苦痛の場所でもある。自分の罪の重さを知る場所だからね」


地獄。


とても辛く、痛く、寂しい場所。


喧嘩したときに、とっさにお前なんか地獄へ落ちてしまえと言うが、そんな恐ろしく怖い場所なのか。


ぼくはまた鷹介と顔を見合わせた。


「さぁ、風呂が沸くまで仏様のことを話そうか」


おっさまはそう言い、ぼくと鷹介のとの間にあったどんよりとした重い空気を手でパシンと叩いて払拭した。


彼が話し出すと、外で遊んでいた子供や中でお経を読んでいた人もおっさまの元へ寄って来る。


「おっさま、おっさま、もう一回!」


娯楽というものが少ないので、おっさまの話が一つの楽しみだったりする。


気が向いた時にしか話をしてくれない時もあるし。


ぼくは、そんな寺が好きだ。


一つ、彼らを除いて。
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