奴隷戦士

『こんな風に隠れてたら、いつの間にか朝になってんで』


――ふいに、脳裏に鷹介が映った。


そうだ、鷹介は?


「紐紫朗?」


突然、沈黙をした俺に、彼は不思議そうに聞いた。


「鷹介」


「え?」


ポツリと言ったぼくの言葉が聞こえていないわけではなかった。


何を言っているんだ、と顔に書いてあった。


「ごめん!ぼく、寺に戻る!」


「はぁ!!?待てよ!!!」


咄嗟にぼくの腕をつかもうとした彼の手は宙を掻いた。


ぼくは花からもらった太刀と脇差、二本を担いで寺に走った。


「おい!紐紫朗!」


ぼくは引き留める彼の声を無視して、走った。


道場から蔵へ逃げて、もう走れないくらい走ったかと思ったのに、ぼくの足はまだ走れた。


寺に着いたのは、息が切れて、汗もたくさん出て、のどが渇いて痛くなるくらいのころだった。


「鷹介……!」


寺では、道場と同じように火がごうごうと踊っていた。


どうか、無事でいて。


必死に彼の無事を祈りながら、境内へと足を進めるが、人という人に会わなかった。


道場の仲間のように、倒されたのかと思ったが、倒れている人はいない。


小さな子も、大きな子も、少し太った子も、全員いない。


「鷹介!」


彼の名を呼ぶが、返事はない。


自分のかすれた声が、火にかき消された。


誰も、いない。


ただ、火がみえるだけ。


夜なのに、なぜこんなにも明るいのだろう。


「紐紫朗!!?」


誰かに呼ばれ、声がした方を見ると、彰太郎の子分が今にも泣きそうな顔をしてこちらを見ていた。


逃げ回ったのだろうか。


足の指先にたくさんの泥がつき、転んだのだろう。


膝から少し出血していた。


「鷹介は?」


「わかんない…男がたくさん来て、あの黒い袋に詰め込んで――」


不意に彼の言葉が止まった。


「なに?」


ぼくが眉を寄せて彼をのぞき込むと、彼の顔は恐怖で染まっていた。


まるでなにか恐ろしいものを見たかのように。


「あ…あぁ……あいつだよ!!!ほかのみんなも連れて行ったんだ!!!」


「あいつ?」


彼に言われて、指さす方を見ると、そこには先ほど道場で、銃でぼくに撃たれた奴が立っていた。


あの時は花のことで頭がいっぱいで、てっきり目の前の男は死んだものかと思っていたけれど、まさか生きていたとは。


「お前…あのガキ!!?」


そう言うや否や、持っていた重たそうな袋を放り投げ、ぼくに斬りかかってきた。


「!?」


咄嗟に、彰太郎の子分の袖を引っ張り、男の攻撃をギリギリでかわした。


その衝撃で、ぼくも彰太郎も地面に倒れこむ。


「まさかお前がここに来るとは…あのまま逃げておればここで捕まることもなかっただろうに…」


なぜぼくが負けること前提で話をしているのかわからなかったし、ぼくがつけた傷をかばう様子も見られなかったことに少し疑問を抱いた。


こいつらは何のためにぼくらを…?


ゆっくりと動く男から目を離さずに、ぼくは転んだ拍子でどこかへ行った太刀を探す。


「紐紫朗…?服が…なんで……?」


後ろにいる彰太郎の子分が呟いた。


今までなにしてきたの…?とぼくを疑うような声色で。


花を抱きしめてついた血や、蔵へ行くときに代わりばんこで花をおぶったときの血が、お腹や背中についていたのを思い出した。


見たことのない血の量だったのだろう。


彼はおびえていた。


それを見て、ぼくが今まで師匠から習ってた剣は、こういう時に使うためのものかと、妙に冷静な頭で考える。


「死ぬ覚悟なら、できてるよ」


「……紐紫朗…」


ぼくがそう言うと、ニヤリと男が笑い、彰太郎の子分が小さくぼくの名を口にした。


まるで信じられないとでも言うように。


それで、いい。


花を失った時点で、ぼくは生きる意味が分からなくなったもの。


ぼくは脇差をその男に向かって投げ、男が防ぐその隙に太刀を拾い、男に突っ込む。


彼女の大事な蓮をこんな風に使ったら怒られそう。


「っ!」


だけど、それは読まれていたみたいで、簡単にかわされてしまった。


地面にめり込んだ脇差から男に視線を移すと、男は剣をぼくに振りかざしていた。


速い。


ぼくが倒した二人よりも速かった。


「お前は価値があるーーが、殺す」


ーーあ、死ぬ


殺される、と思ったとき、男が急に苦しい声をあげ、ふらついた。


「おっさん、それをいじめるのは俺だけだよ」


何事かと思って声がしたほうを見ると、彰太郎がこぶしほどある石を持って、こちらに歩いてきていた。


頭から血を流して、よたよたする男の足元に、血の付いた石が転がっていた。


「彰太郎…」


思わぬ人の登場でぼくと彰太郎の子分と二人で、固まる。


「ぐ…」


「鷹介は!!?」


男のうめき声で我に返ったぼくは、彰太郎に聞いた。


「あ?しらねえよ」


彼は眉間にしわを寄せ、持っていた石をもう1度投げ、男の動きを止めた。


「中にまだいるってこと!?」


「だから、知らねえよ!俺だって何が起こってんのかサッパリだし、火が上がってるし、オメーらはいねえし!」


「………………」


ぼくが詰め寄ると早口で今までの不安をぶちまけるように、大声で彰太郎は言った。


「…彰太郎、寂しかったの?」


ふと、思ったぼくは尋ねた。


「うっせえ!!!」


彰太郎は否定の言葉を口にしたが、彼の耳はほんのり赤くなっていた。


拍子抜けした。


3、4年前まではとても恐ろしかった彼が、ここ1年、案外そうではないと認識して、今日、全然そんなことないと分かった。


「で、これ何が起こってんだ。ちびっ子は奴らに捕まったぞ。俺らも狙われてるってことは大人以外が対象か?お手伝いの人も死んでた」


「それは西の道場でもあったし、大人が倒れているのをこっちに来るときに何度も見た。あ、そういえば裏山の蔵に1人隠れてる」


太刀と脇差を拾いながら、ぼくは見たことを説明した。


「…狙われているのは俺らか。それは確実みたいだな。しかしなんで…」


「こればかりは分からないね…」


沈黙が続いた。


これからどうしようか。


とりあえず、鷹介を探して、合流して知恵を借りたい。


でもそのためには、どこを探せば…?


彼が行きそうな場所って…。


「なぁ、紐紫郎」


と、考えていたところで彰太郎に呼ばれた。


「なに?」


「今まで、ごめん」


衝撃だった。


「たくさん、傷つけてごめん」


このタイミングで言われるのもおどろくが、彰太郎が今までのことを謝罪するのももっと驚いた。


「どうしたの…急に」


「…いや、急じゃねえよ。ずっと思ってたけどなかなか言えねえくて」


「…ずっと、って」


一体、いつからだったのだろうか。


「許せるわけないでしょ…感謝はしてるけど」


その言葉は宙を舞った。


いつもご飯を食べていたところが、炎で焼け崩れた音で、我に返った。


男の声が沢山する。


きっと、彼らがここに来るのも時間の問題なんだろう。


「彰太郎、念のためこれ持ってて。ぼくはあっちの方に行ってみる」


意を決して、炎が舞っている方を見ている彰太郎に言った。


ほんとは渡したくなかったけど、この先何があるか分からないから、ぼくは蓮を脇差を彰太郎に押し付ける。


「え、俺、刀なんか持ったことねえ……って重っ!?」


「絶っっ対に無くさないでね!ぼくの宝物だからね!大事なものだからね!貸すだけだからね!」


「お、おう」


ぼくは彰太郎に念を押し、火が回っている方へと走りだす。


「待て!紐紫朗!」


不意に彰太郎がぼくを呼びとめ、泣きそうな表情で言った。


「 」


「…え」


ぼくが驚くのは予想していたようで、彰太郎はぼくのことなど気にも止めなかった。


「それと、お前にこれを返しに行く。絶対に返しに行く。だから、それまで死ぬな」


何故か、彼は泣きそうだった。


彰太郎の子分がぎょっとしている。


「さっさと行けよ」


「…うん」


彰太郎は、彼の子分と男が持っていた荷物をあさり始めた。


袋の中にはやはり4歳くらいの子どもがいて、眠っているようだった。
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