奴隷戦士
ザクロのところへ着くと、その部屋は壁一面が巨大な画面になっており、画面の中には医務室を真上から見ているような画面、大部屋のような場所を映している画面、ウサギが檻の中で寝ている画面などがあった。


その部屋の中心に白色に身を包んだ金髪の女性と、ぼくと同じ背丈の子がこちらを見ている。


ザクロはぼくを見て口に弧を描きながら顎のヒゲを触っていた。


「通達していた通り、今日はこの四人でウサギの巣から各々一匹ずつウサギを捕獲。ついでにウサギの巣も壊してこい。それが今回の任務だ」


ザクロが言い終わった後、しんとした静かなその場に、声が通った。


「その巣の規模はどれくらい?3人も子守するなんて規模が小さくないと無理よ。全員死ぬわよ」


「なに、巣の規模はそれほど大きくない。それにフィーネもいるし、あとの2人は今回の任務が初めてだが使えるはずだ」


彼女は訝しげにザクロを見て、その目線をぼくにそらした。


「何を根拠に言っているのか知らないけど、戦場に出たことのない子を二人も連れて行くなんて自殺行為でしかないわ。せめて二人のうちどちらかここに残すべきよ」


「いや、このまま行ってもらう」


ザクロの言葉に彼女が大きくため息をついた。


「…やってられないわ」


頭を掻きながら腰に手を当てる。


袖からちらりと白い腕が見えた。


何かの傷跡が入った腕だった。


「これに着替えてキララから指示を仰げ。せいぜい生きろ。死んだらお前の大切なものもなくなる」


白色の服を手渡された時、ザクロが耳元で囁いた。


反射的に睨む。


「あっちに行こ」


フィーがぼくとザクロを引き離すように間仕切りのある場所へ促す。


「ザクロはよくああいう感じ悪いこと言うの。気にしなくていいよ」


小さな声でフィーが言った。


ぼくと背が同じくらいの子も一緒にここで着替えた。


その子はすでに泣きそうで更に小声で行きたくないと零していた。


その後、着替えたぼくたちはキララと呼ばれた金髪の女性について階段を降りた。


「久しぶりだね」


「そうね、アンタいい顔になったわね」


「最近、毎日が楽しいんだ」


「それは…何より」


どうやらフィーとキララは知り合いのようだった。


前を歩く二人をぼくとぼくと同じ背の子と続く。


その子はずっと下を向いていて、死にたくないと小さな声で連発していた。


「で?アンタ、名は?」


アタシ、キララ。


急にぼくたちの方を振り返って、青色の瞳がぼくを捉え、そのまま引き摺り込まれそうになるのを踏みとどまる。


「いや、いいわ。悪かったわね」


声を発そうと口を開けたところで、制止された。


となりで目をひんむきながら、やっぱりぼくはその巣で死ぬんだ。


死にたくない…と、やはり小さな声で言っていた。


それからぼくたちは貸し出しされている武器を籠から適当に取り、この施設を出た。


空を見上げると、電気の光とはまた違う眩しさで目が眩んだ。


施設を出るまでに、たくさんの機械にキララが話しかけていて、それがどうやら暗証の言葉であったことに気づくのはウサギの巣に着いてからだった。


キララに続いてひたすら走っていたから喉が痛い。


今まで来ていた服と違い、この服はずっしりと重く、汗を拭うのにも一苦労だった。


ウサギの巣は土の中にあって、入り口も見つけやすい。


洞窟だと思って入っていく人間を悲鳴の届かない地下へ誘い込む作りになっているとキララは言った。


巣穴に入るからそれ相応の覚悟はいるが、立って歩けるほどの縦幅に二人で並んで歩けるほどの横幅だから命が惜しければ早々に地上へ逃げろともキララは言った。


巣穴の主人は一番深い場所にいるからそれを倒して、残党を生け捕りにする。


それまではウサギは問答無用で倒す。


それが任務の方針だった。


「戦闘になればウサギを倒すことだけを考えなさい。今はそれだけでいいわ」


キララがウサギの巣へ足を踏み入れていく。


ぼくもそれに続いた。


ウサギの巣の中は真っ暗で、太陽の光は届かなかった。


目が徐々に暗闇に慣れていく。


踏み固められた土に足音が吸い込まれていく。


どれくらい歩いただろうか。


今まで一本道だったのに、二手に別れさせようと道が二股になっていた。


キララがしゃがみ、地面を見たり、土でできた壁を触ったり、何かを確認している。


そうしてしばらくすると左の道を指して言った。


「そっちは行かない方がいいわよ」


「どうして?」


「ウサギを使役している人たちがいるんだけど、それが通った痕跡がある」


「ウサギを使役する人…?」


フィーが復唱した。


眉根を寄せて困惑の表情を浮かべている。


「今のアタシらじゃ、まず生きて帰れない。今後、出会ったらすぐに逃げなさい。分かったわね」


「それって人間がウサギと手を組んでいるってこと?」


「さぁ?アタシもよく知らないのよ。出会ったことも2度しかないし」


彼女は、ルーナがいるんならここの殲滅は無理かもしれないわね、と遠く暗闇を見やった。


その道の先を進んでいると、奥から何かの動物が唸る声と共に地響きがする。


「来るわよ!」


ぼくたちに向かってキララが叫んだ。


けたたましい声をあげながら施設で見たウサギより一回り大きなウサギが巣穴の奥から姿を現した。


すぐにキララは持っていた小ぶりの槍をウサギに突き刺し、灰にする。


それをきっかけに、奥から次から次へとウサギが溢れ出てきた。


目の前にはキララが、その後ろには小さく経のように何かを唱えている子、その後ろがぼく、ぼくの後ろがフィーという順番に並んでいた。


「ぅわ!」


突然、足場が崩れ、キララ以外が下へ下へと落下する。


「え!?」


交戦しているキララが一瞬ぼくたちの方を向いた。


「フィーネ!」


叫ぶ彼女と目が合った。


その一瞬の隙をウサギの爪がキララの肩を突いて危うくキララも一緒に落ちるところで、小さくなって見えなくなってしまった。


ドズン!と大きな音を立てて、ぼくたちは上から落ちた。


でも、落ちたところにキララはいなかった。


きっとうまく立ち回っているんだろう、彼女はぼくよりも手練れだ。


幸いにもぼくは腕を少しだけ岩に当てた程度の擦り傷で済んだが、フィーが高いところから落ちた時に頭を打ったようで気絶していた。


揺すっても頬を叩いても何度声をあげて名を呼んでも、全く反応しない。


まさかこのまま死…と思ったところで、新しいウサギが何匹も来てそれどころではなくなってしまった。


小さな声で念仏をとなえている子にフィーの近くにいるよう伝え、目の前の敵を倒していく。


あの籠から適当に選んだこの武器は、少し握りづらい上になかなか思うように斬れない。


ここはさっきいた一本道ではなく、広い場所のようでぼくは簡単にウサギに囲まれてしまった。


一匹目をなんとかして倒した後、二匹目、三匹目を同時に相手にしたときに、急所をついて動きを鈍くさせることができた。


動きが鈍くなってもなお、襲いかかってくるウサギを出てきた四匹目と五匹目に出てきたウサギと正面衝突させ、その隙にその四匹の首を斬り落とす。


そこでやっとこの武器のコツを掴んだ。斬るコツを掴んだ後は、たやすく倒せた。


息もだいぶ上がった頃、ウサギは後を絶った。


動かないフィーをおぶり、キララがいそうな上へ足を進める。


汗が服にへばりついて気持ち悪い。


ちらりと後ろからついてきている子を見ると、念仏を唱えるのはやめていて、うつむきながら歩いていた。


いつの間にか暗闇に目が慣れていて、驚きはしたものの、何かが脇を通り過ぎた気がしてそれどころではなかった。


「わぁあああ!」


後ろの子が悲鳴を上げる。


ぼくと彼との間にいつの間にか小ぶりなウサギがいた。


彼はそのウサギの攻撃を自分の武器で防御しながら後ろに下がっていく。


と、これから進む方向からもウサギの気配がした。


フィーをおぶったまま、ウサギと対峙するのはキツイ。


現れたウサギとどう戦うか考えながら、攻防をしていると地響きがして上の階の床が崩れ、上から落ちてきたウサギがたくさん落ちてくる。


「えっ…ええええええええ!!?」


そのウサギたちの重さに耐えられず、ぼくたちが踏みしめている地面も底が抜け、その下の階の底も抜け、下へ下へ落ちていく。


「ぐぅっ」


落ちている最中にあの経を唱えていた子がウサギと攻防をしていた。


武器を横一文字に構えて、その真ん中にウサギが噛みつき両端を爪で固定している体勢で落下している。


と、不意に経を唱えていた子と対峙していたウサギが灰になった。


ウサギがいたところには槍があって、その持ち主はキララだった。


運良くうまく着地できて、あたりを見渡すとウサギが何十匹とぼくたちを囲んでいた。


「片付けたと思ったけどやっぱり数が多いわね。みんな無事?」


服についた灰を落としながら、所々に小さな傷を作っているキララが言った。


小さく縮まっているぼくと背が等しい子は首を縦に勢いよく振り、ぼくは背中で動かないフィーを見た。


「最初に落ちた時からフィーが起きない」


キララがその場から離れず、横目でフィーをじっと見る。


「その様子なら気絶しているだけでしょう。それより今はウサギの数を減らすことの方が先決ね」


ウサギに囲まれたまま、緊張した時間が過ぎていく。


きっと一歩でも動けば、すぐにウサギが飛びかかってくるんだろう。


こんな数のウサギに囲まれたことはなかった。


でもキララはそれがいつも通りだと言わんばかりに、武器を構える。


「あの大きな岩のところが見えるわね?」


キララが目配せして、ぼくは小さくうなづいた。


「あの岩の近くまで援護するから、そこにフィーネを置いて戦いな」


彼女は、ほんとはそのままやってほしいんだけどと、こぼす。


背を縮こませている子がちらちらとキララを見る。


「行くわよ!」


彼女の掛け声とともに、ぼくたちとウサギが一同に動き出す。


ウサギは動きが遅いぼくを狙って、キララはぼくたちを狙ってくるウサギを、灰にしていく。


一撃で灰にしてもわんさかと出てくるウサギはキリがなかった。


途中までキララが援護してくれていたおかげで、難なく走って行けていたけど、急にまたウサギの数が目に見えて増え、キララもそれどころではなくなってしまっていた。


「止まるな!」


苦しい表情を浮かべ、叫ばれた。


たくさんのウサギがキララのところへ集中して攻撃を仕掛けていく。


こんな、ウサギには集団で狩りをするような習性があるとは聞いていない。


例の岩まであと少しというところで悲鳴が耳に届いた。


「助けて!」


声がした方を見ると、ぼくと背の同じくらいの子がウサギに囲まれていて、右腕から出血して地面に血だまりを作ろうとしていた。


片手で武器を持ち、牽制している。


キララはそれとは比べ物にならないほどのウサギと相手をしていた。


フィーを抱えながら、戦うのは無理だ。


どう考えても生き残れない。


だめだ、今はフィーをキララの言った岩のそばに置いてからじゃないとダメだ。


足を進めると、行かないで!と彼が叫ぶ。


耐えてと伝えるとぼくは全速力で走ってフィーを例の岩のそばに行き、ウサギが入ってこられないようなところにフィーを寝かせた。


それから急いでその戻ろうとするとウサギが行く手を阻む。


そのウサギに一太刀浴びせ、そのウサギの鳴き声に反応した別のウサギが行く手を阻む。


仲間を傷つけた敵をみんなで排除する動きだった。そのウサギたちからの攻撃をかわしつつ、灰にしていく。視界に頼るなとヤンが言った。武器を手放すなと師匠が言った。


こんなにも自分を殺そうとする存在に狙われるなんて想像しただろうか。


ウサギたちが少なくなり始めた頃、ようやくあの子がいた場所にたどりつけた。


それでもなお、まだウサギは群れて執拗にぼくに攻撃をしかけてくる。


息が切れ、この周辺のウサギをほぼ灰にし終わったとき、ようやくぼくはなぜここにウサギがたくさんいたのか理解した。


「そんな…」


その場所には、血だまりに腹を食い破られ、片足がなくなっている彼がいた。


ウサギが群れていたのは彼を食べていたからだった。


ぼくがあのとき、彼に助けてと言われた時にぼくが行っていればこんなことにならなかったのかもしれない。


名も知らない彼をぼくは殺してしまった。




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