奴隷戦士


『紐紫郎』


真っ暗闇の中で、おっさまに呼ばれた。


辺りを見渡しても誰もいない。


真っ暗な暗闇。


誰も映らない。


誰もいない。


もう一度、呼ばれて振り返ると、まばゆい光が射抜き、思わず目を閉じた。


ゆっくりと目を開けると、そこは燃えている最中だった。


じわじわと汗が滲み、煙で目がしばしばする。


ごうごうと燃える音と木が軋んで割れていく音、誰かの悲鳴と助けを求める声と、駆け抜ける足音がする。


心臓の脈打つ音がとても早く、とても大きく、鳴る。


口の中が乾いていき、力が抜けていく。


忘れもしない、ここは、ぼくが花ちゃんを殺めた場所。


火の手が上がる、円谷の家。


「紐紫郎!」


霧を裂くような鋭い声が靄の中からぼくを見つけた。


目の前には銃を持った男が不敵に笑い、発砲した。


喧しい音がこの部屋を包む。


銃弾は誰にも当たらず、ぼくの後ろの壁にめり込んだ。


ぼくは彼女に渡された蓮を持っていた。


まだ、鞘から引き抜いてもいないとても綺麗な剣。男が再度、銃を構える。


後ろにいる花ちゃんがぼくの名を呼んだ。


振り返るとあのときのように、花ちゃんがいた。


不安を顔いっぱいに貼り付け、すがるようにぼくを見ている。


汗が頬を伝った。


「たすけて」


花ちゃんの口がそう動いた。


弾かれたように蓮を鞘から引き抜き、男に刀身を向ける。


『紐紫郎』


足を踏み出そうとした瞬間に、おっさまの声がした。


『生き物を殺してはならない。苦しめてはならない。なぜなら、自分たちが死んだ後にそれ以上に苦しいことが自分に返ってくる。自分を苦しめることなんて言語道断。でも、人はどこかで罪を侵さなければ生きてはゆけない』


幾度と聞いたおっさまの教えが部屋の中で木霊する。


「それはお前の罪だ」


鮮明に聞こえた。


花ちゃんの口から。


えっ、と思った時にはすでに時が遅く、花ちゃんの持っている脇差がぼくの胸を貫いていた。


どうして。


音にならない声が宙を舞った。


息ができない。


呼吸をしようと口を開けると血が出て行く。


はな。


刺している彼女の顔がどんどん変わっていく。


ぼくが見殺しにしたあの子に。


「この人殺し」
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