ビロードの口づけ 獣の森編


 前獣王はその古い掟と秩序を重んじていた。
 掟を破った者には特に厳しかったらしい。
 ところが獣王だけは特権で自由が与えられている。
 だからザキは掟に縛られない獣王になりたいと思った。

 それは単に自分自身を縛る鎖を断ち切りたいだけで、獣社会そのものの事は何も考えていなかった。


「獣王になったらどうしたい?」


 ジンに尋ねられた時、初めて何も考えていなかった事に気付かされたらしい。


「ジンが獣社会を変えようとしている事は、彼を見ていれば分かる事でしょう?」
「見てなかったんだよ。とにかく気に入らなかった」


 獣王になる機会を虎視眈々と狙っていたザキにとって、ジンは青天の霹靂だった。

 前獣王は老いていた。
 近いうちに退位するとザキは踏んでいた。
 腕力に物を言わせるなら、自分以上に強い奴はいない。
 退位後の対戦になれば、間違いなく勝ち進む事ができる。
 けれど、どうせ王になるなら一対一の獣王戦を挑んで、獣王から直接勝ち取りたい。

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