続・結婚白書Ⅱ 【手のひらの幸せ】


「結婚当初 出張の多い部署にいたんだ 

はじめの頃は妻も家で待ってたんだが実家に帰ることが多くなってね

そのうち長期出張や出向が続いて 

慣れない土地に彼女を連れて行くのもどうかと思って……そのままさ」


「変わってないわね そんなところ……女ってね 案外強いのよ 

好きな人のそばならどこでも暮らせるの 

だから ついてきてくれって言って欲しいの」


「だけどそれじゃぁ可哀相だ……もし慣れない土地で苦労したら」


「どうしてそうだと決め付けるの? 聞いてみなきゃわからないじゃない 

奥様についてきて欲しいって それだけ言えばいいのに

この人なんて 強引に私を誘って 口説いて 気がついたら結婚してたわ」


「そんなに強引だったかぁ? 積極的だったって言って欲しいね」


「強引だったわよ 毎週毎週 ”海に行くぞ” って 朝早くから連れ出すし 

そうかと思えば 私の胸ならよく眠れるなんて甘えてくるんだもの」



結婚前の俺の行動をポンポンとしゃべる円華の口から きわどいことまで

飛び出して冷や冷やした
 


「あはは……広川 はっきり物を言うようになったなぁ 強くなったよ」


「そうよ もうすぐ母親になるんですから強くもなります」



これには俺も驚いた

円華が自分から妊娠したことを言うなんて 考えてもみないことだったが

若林さんの驚きは 俺とは比べ物にならないくらいだった



「そうかぁ そうだったんだ おめでとう じゃぁ昨日のは つわり?」


「そうかも おかげでカニを食べ損ねたわ」



不思議そうな顔をする若林さんに カニのいきさつを説明すると

そりゃ残念だったねと さも可笑しそうな返事が返ってきた



「君らを見てると夫婦なんだなぁっと思うね 

お互いの会話がスムーズで なんていうか 気負いがないって言うか」


「だから結婚したんです そうじゃありませんか? 

気負うような相手と暮らしたって上手くいきませんよ」


「そうだね……」



そう言ったきり 若林さんは腕組みをして うーん と考え込む姿勢を

長くとっていた

仕事ができて人望もあって 何もかも持ち合わせているように見えて

そんな男でも足りないものがあるのかと 彼の悩む姿が ごく普通の人に見え 

なんだか安心した



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