君のいる世界




今はまだ…帰りたくない。


康君に会いたくないっていうのも理由の一つだけど、それよりも会長と一緒にいたい。


もう少しこの幸福な時間に浸っていたい。




私は顔をゆっくりと左右に振った。




会長はふっと目を細めて微笑みながら、私の前髪をクシャクシャにした。




「きゃ!っちょ……もう…」



バサバサに乱れた前髪を両手で整えながらふと会長を見ると、後ろの窓から降り注ぐ淡いオレンジ色の夕日が会長を染めていた。


それは絵に描いたように美しくて幻想的で、時が止まったように一瞬で目と心を奪われた。




トクントクンと心臓が早鐘を打ち、その度に胸が締め付けられて苦しい。


悲しくも辛くもないのに涙が出そうになる。


私は涙をぐっと飲み込んで、流れる景色を眺めた。




私達の乗ってる車両にはいつの間にか誰もいない。


電車の走る音だけが二人の間に鳴り響いていた。




< 162 / 497 >

この作品をシェア

pagetop