ベッドタイムストーリー

***




季節は冬から春に変わった。


降矢ケンとは、月に二度くらい、逢った。
それに、時々他愛ないメールを交した。




降矢には、やはり妻子がいて、時々琴美は子供の話を聞かされるようになっていた。


「長男は小学六年生、長女は年長さん。23の時、付き合っていた五コ上の彼女がデキちゃったんだよ。
そんなつもりなかったのに、すっかり手遅れで、結婚することになってさ。
最初は子供なんて欲しくなかったけれど、生まれてみたら、可愛いくて仕方ない…特に下の幼稚園の娘。
あいつが将来、嫁に行くかと思うと今から、泣けてくるよ…」


小さくクラシックが流れる喫茶店で降矢は、ブラックコーヒーを啜りながら言った。


子供のいない琴美には、正直、こんな娘の将来の嫁入り話をされても返事に困った。


琴美も子供は欲しかったけれど、出来なかったと話していたのに。


関係が始まった当初は、高校卒業後、お互いどんな風に過ごしていたのか、という話題やクラスメイトたちの噂話をしていた。


そんな話題も尽き、何時の間にか降矢は遠慮していた家庭の話もするようになった。


高校の時は、それ程でもなかったのに、大人になった彼は饒舌な男になっていた。





平日の午前9時。

琴美の自宅の最寄り駅から三駅離れた駅のロータリーに、降矢は愛車の白いレクザスで迎えに来た。


「よお。久しぶり。」


琴美が助手席に乗り込むと、降矢はハンドルを握ったまま、嬉しそうに笑った。


「うん。ケンも元気だった?」


琴美も笑顔で返す。
せわしなくシートベルトを付け、ベージュのスカートの裾を直しながら。

何時の間にか、ケンと呼ぶようになっていた。


琴美は夫の通院に付き添う時があり、逢瀬のタイミングを決める時、自営の彼は琴美の都合を聞いてくれた。


後部座席には、湘南のガイドブックが置かれていた。


「今日、天気いいから、江ノ島行こうかなって。海見たくてさ。」


信号待ちの交差点で、降矢は前を見たまま言った。

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