お隣さんと私
 『はよ、行き。仕事は大切やで?』
 孫が帰ってしまう時の祖父母の様な口調でそう言う赤い顔に、俺はボールペンを突き付けた。
 「今度の事は俺、絶対に忘れないから。これ、あげます!」
 俺はそれだけ言い、逃げる様に階段を駆け下りた。
 下りている最中に『おおきに』という言葉が聞こえた気がする。
 その日のうちに、3階へ上がる階段は防犯の関係で封鎖された。だから、俺が、あの顔に会いに行く事は出来なくなった。
 そのうちに、引越しも終わり、ビルは閉鎖され、3日も経たないうちに取り壊し作業が始まった。
 あの消火栓の顔がどうなったのか、俺にはわからない。だけど、消火栓を見る度にあの赤い顔と独特の喋り方を思い出す。そして、まだその辺りにいるのではないかとさえ思ってしまう。

 ――――……「あれーお隣さん、その赤いロボットどうしたんですか?」
 コンビニまで出かけようと外に出ると、お隣さんが縁側でロボットと遊んでいた。
 縁側から手招きされて、庭にお邪魔すると、赤いロボットは小さなアームの手をあげて『まいど!』と中年のおじさんの様な声で挨拶する。
 「まいど」
 取り敢えず返事を返して、顔をよく見れば、その顔は消火栓に付いている警報ボタンではないか。しかし、中々愛嬌のある顔だ。
 「彼は家が取り壊されてしまって、行先を探しているんですよ」
 ロボットを突いていると、お隣さんは苦笑しながらそう言った。
 ロボットのお腹は一部が透明になっていて、その中にはビー玉はヨーヨーといった子供が宝物にしてそうなガラクタが詰まっている。
 それにしてもこの顔、どこかで会ったきがする。
 「何者なんですか?」
 そんな問いに、お隣さんは歌う様にこう答えた。
 「子供の友達、消火栓ロボ」
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