鳴る骨
「あなたの目に、この景色はどう映りますか。私は、冬の海辺がこんなに素晴らしいとは思いもよらなかった。あなたは、ここによくいらしているなら、もっと美しい眺めをご存知でしょうね」

「いいえ、僕はいつも骨を探しているので、あまり景色は目に入ってこないんです。こうやって座っていても、海はあまり感情に訴えてきませんね。昔の僕だったら、こういった自然の風景は、すぐにスケッチしたかもしれません。……でも、僕は変わった。変わりすぎました」


彼は、貝殻を私と隣り合っているほんのわずかな隙間に置いて、静かに付け加えた。それは、相手に聞こえない程度の独白に近いささやきだった。


「ところで、僕に敬語は必要ありませんよ。ざっくばらんに話してください。どうも落ち着きません」


青年は、さりげなく話題を変えた。私も、彼ともっと近づきになりたいと思っていたので、快く承知し、自分にも友人として接するような話し方をしてほしいと頼んだ。その時、二人とも名乗っていなかったことに気づいたので、私から名前を告げた。そして彼は、田島と名乗った。


「君は、絵を描くの?ほら、さっきスケッチの話をしたじゃないか」


軽い世間話の後、私は何気なく聞いた。それは、自分が本のほかに絵画も好きで、時間があれば美術館に行くこともあったからだった。


「うまくはないけれど、描くのは好きです。美大生だったので」


「それはすごい。私も絵が好きだけど、鑑賞専門だよ」


「絵が好きな人と話すのは久しぶりだな」


田島は本当に嬉しそうだった。よく見ると、彼の白いダウンコートの下からのぞく黒いタートルネックには、ところどころ油彩絵の具のようなしみがあった。私の視線に気がつくと、田島は恥ずかしそうにしみを隠した。


「なかなか落ちないんです。新しい服を買うお金もなくて、つい」

「今でも描いているんだね。恥ずかしがることはないよ。芸術家の誉れだよ」


「ええ、まあ描いてはいますが、売れないので、コンビニでバイトをしながら、なんとかやっていけています」

「私は塾講師をやっているけれど、趣味の延長で、インターネットでちょっとした小説を書いているよ。もっとも、コメントなんて来ないけれどね」

「僕には、とても文章は書けないですよ。すごいですね。いつか読ませてください」

「現実に知っている人に読んでもらうのは、ちょっと照れ臭いな。しかし、君の絵を見せてくれたら、サイトのアドレスを教えるよ」

「いいですよ。いつでも僕の部屋に遊びに来てください」


田島のその一言に、私の胸は高鳴った。彼は、どんな絵を描いているのだろう。どんな暮らしをしているのだろうか。一人暮らしだろうか。田島の生活に触れてみたい。もし友人になれたら、こんなに嬉しいことはないだろう。


私は有頂天になっていた。海辺 はすっかり晴れ渡り、遠くのシーグラスの輝きもはっきり見えるほどの澄みきった光の中に包まれていた。
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